第21話 囚われの身

 かなり爆睡してしまった。


 本当に、自分はどんな場所でも、どんなシチュエーションでも安眠出来てしまう逞しい根性の持ち主なんだと、心底呆れてしまう。


 そんな私が目覚めたのは、寝苦しかったからでも、出発の時刻だと起こされたからでもなく……。


 カキーン……カキーン、ズザザザ……、グワッ……、って……何?!


 人が争う音、剣を交えたり、走り回る音、人が倒れる音。

 意識ははっきりしてくるけれど、真っ暗なウロの中は目を開けていても真っ暗だ。


 何?

 何?

 何?!


 暗闇な上、木のウロの外には馬車が停まり月の明かりさえ遮ってしまっている。明らかに戦っている音だと思う。


 私はここから動かないべきか、馬車に戻るべきか考えた。

 アンネに 何かあったら……そう思うと、馬車に行かなければと思うが、あまりの恐怖に身体が動かない。

 いきなり目の前がうっすらと明るく……、目の前には大きな月が。

 慌ててウロから顔を出すと、馬車がわずかに動いて、外の様子かま見えた。何者かと剣を交える騎士達。優勢には見えなかった。


「ディタ様!! 」


 馬に乗った騎士が私に手を伸ばす。


 私がその手にすがるように手を伸ばすと、軽々と私の身体は馬上に引き上げられる。


「しっかりくいしばって下さい!! 」


 まるで荷物のように腹這いで騎士の太腿にしがみつき、グイングインと馬のギャロップに身体が揺れる。後ろを見ると、数名が馬に乗って追いかけてくる。味方……じゃなさそうだ。


「盗賊に襲われました。アンネローズ様達は先に馬で! 」


 数人の騎士は、盗賊を足止めするために剣を奮っているようだ。その間にアンネ達は騎士の馬に乗せられ離脱したらしい。ディタも有り難いことに忘れ去られることなく連れて逃げてもらえたようだが。


「少し辛抱下さい! 」


 騎士は、なるべく山側の崖ギリギリに馬を走らせ、わずかな月明かりのみで疾走を続ける。緩やかな登り坂道になり、僅かに馬脚が落ちた時、空気を切るような音がした途端、馬が嘶いて横倒しになった。それと同時に私と騎士は空に投げ出される。騎士が私を抱え込むように落ちてくれた為、一瞬衝撃に意識がとんだが、打ち身くらいでたいした怪我をおわないですんだ。


「死んだか? 」

「いや、生きてるみたいだな。気絶してる」


 盗賊と思われる男が、騎士を足蹴にしてひっくり返し、その腕の中にいる私を覗き込んだ。

 私は震える身体を叱咤し、気絶したふりをする。


「黒髪……。チッ! 王女じゃねぇ! おまえら、先を追え! 」


 王女?!

 盗賊の狙いはアンネらしい。身代金目的? アステラ王の婚約者であり、ザイザル国の王女であるアンネローズならば、両国から身代金を奪い放題だ。ただ、たかだか盗賊が国相手に喧嘩をうるって、莫大な身代金目当てだとしてもあり得るのだろうか?

 第一、いくら分断して襲ったとはいえ、ザイザル誇る騎士達を相手に、なんの教育も受けていない盗賊が敵うもの?


「黒髪か……」


 いきなりの浮遊感に悲鳴をあげそうになり、私はなんとか声を呑み込んで身体を固くする。抱え上げられ、何かの中に放りこまれた。閂が閉まる音がし、恐る恐る目を開けると、それはアンネの馬車の中だった。馬車は盗賊に奪われたのだろう。耳をすませ、後ろから馬の足音がしないことを確認してから、こっそりと後ろの窓を少し開けた。案の定、盗賊は後ろにはおらず、この馬車はシンガリのようだ。


 このまま盗賊に拐われ……。


 身体がガタガタ震えてくる。なんとか逃げなければ……と思うが、扉には閂をかけられたようだし、窓から逃げたとしても、すぐに盗賊に捕まってしまうだろう。唯一盗賊の目につかない後ろの窓は、覗き窓程度の大きさで、いくら身体が小さくて前後の凹凸に欠ける私の身体でも、通り抜けるのは無理だ。頭すら入らないし。


 自力で逃げるのは無理、ならば他力本願!


 ジークが後から来る筈。しかも、賭けをしていたくらいだから、二日……ううん一日後には同じ道を通るに違いない。落石の跡や戦いの痕跡は残っているだろう。ジーク自体は役に立たないだろうけど、護衛の騎士達がいる。居場所さえわかれば……。


 座席に放り出されたままの自作のトランプを目にした。

 懐から紅を取り出し、全部のトランプに自分のサインをする。

 それをしっかり袖の中に隠した。


 馬車を移動中は大丈夫。轍が残るだろうから。この馬車は普通の荷馬車とは、車輪の大きさも太さも違う。跡を追うのは難しくはない筈。問題は、馬車を下ろされてからだ。


 私はただジッと馬車が停まるのを待った。


 ★★★


 馬車が停まったのはそれからどれくらいたった後だろう? うっすら明るくなっていたから、二時間……三時間くらいだろうか?

 私はこっそり後ろの覗き窓からトランプを一枚投げ捨てた。そして、気絶したかのように座席に身を投げ出した。

 ガシャッと音がして閂が外され、冷たい外気が入ってきた。


「ハッ! 気絶してやがる」

「そりゃそうだろうさ。いいとこのお嬢様が、こんな状況に耐えられる訳がねぇ」

「おまえら、喋ってないで早く運べ! 」

「担ぐ……か? 」

「引きずる訳にもいかねぇだろ」


 私は馬車から引っ張り出されると、荷物のように担ぎ上げられた。


「よし! 馬と馬車を走らせろ!」


 馬の尻を叩く音、馬車が走り去る音がした。盗賊達は追っ手がくることを予測し、小細工を施したらしい。

 私は担ぎ上げられたまま、山道へ入って行った。





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