第20話 逃走中
山道、しかも反対側はゆるやかだけれど崖のようになっている道を、大型の馬車が駆け抜ける。
先導する騎士は十名、後ろに七名、少し遅れる形で侍女達の馬車や侍従達の馬車、最後尾に残りの騎士達の騎馬が走った。
馬の質が違うのか、ジワジワと後方との距離が離れ、それを見計らったように、山側の斜面から大量の土砂と岩が降ってきた。騎馬ならば乗り越えられるものの、馬車は通ることが難しく、完全に前後で分断されてしまった。
そのドドドド……という凄まじい音に、後方の窓を少し開けて覗いてみたら、砂煙の向こうに立ち往生する馬車、そこに襲いかかる盗賊が見え、どんどん小さくなっていった。
「大変!! 盗賊に……」
しかし、馬車は停まることなく走り続ける。
「大丈夫よ。後ろにはまだ沢山の騎士がいる筈。盗賊なんか、すぐに蹴散らして追い付いてくるわ」
アンネの言うとおり、騎士の半数以上は土砂の向こう側に隔離されている。逆に言えば、いくら精鋭の騎士といえ、半数以下の騎士でアンネを守らないといけないのだ。まだ山脈に入って半日ちょい……。しかも日が暮れたら馬車を走らせることはできない。山道から転落の恐れがあるからだ。
「み……みんな、大丈夫でしょうか? 」
リズが言うみんなとは、侍女仲間のことだろう。ライラもその中にいる。他にも、アンネ付きの侍女達とは馴染みが深い。
「大丈夫……大丈夫よ」
ガタンガタン跳ねるように走る馬車の中だ、私とリズはアンネを挟む形に座席を移動する。あまりの揺れに、恐怖からもあるのだがむしろ乗り物酔いから、顔面蒼白、吐き気を我慢して身体を固くしつつ三人で抱き合った。
何時間走っただろうか? 馬車が次第に速度を落とし、そして停止した。
「止まった……」
「止まりましたね……」
窓がノックされ、私は慌てて窓を開けた。
「日が暮れましたので、これ以上進むのは危険です。野営の目的地にも着きましたので、一旦ここで野営の準備をしたく思います」
「野営ですか……。でも、荷馬車とははぐれ、野営のテントも……」
「さようにございます。申し訳ございませんが、この馬車でお休みになっていただきます。食事も私共が携帯していた保存食で我慢いただくしか」
騎士は申し訳なさそうに、自分達の不手際のせいだと言わんばかりに悲痛な表情をしている。それを見て、アンネはわざと明るい声をだした。
「まあ、騎士の保存食って、あの干し肉よね。私、一度で良いから食してみたかったのよ」
「まあ、アンネローズ様、あれは固くて中々咀嚼できない代物ですわ」
「あら、リズは食べたことがあるの? 」
「兄が騎士ですから」
「ああ、そうだったわね。では、さっそくいただこうかしら。おなかペコペコなの」
騎士は、干し肉を三切れと、硬いパン、水筒を差し入れてくれた。
干し肉はビーフジャーキーの死ぬほど硬いバージョンのようで、噛みきるのも難しく、暫く咬み続けてやっと飲み込めた。
最低限度の食料だったが、よく噛んだせいか、満腹中枢が刺激されて空腹感はなくなる。
「とりあえず、寝てしまいましょう。明日は日の出と共に出発だろうから」
「ここで三人はきついかしら」
「アンネローズ様はそちらで横に。私達は座ったままでも。ねぇディタ様? 」
馬車は広いとはいえ、横になって足を伸ばすことはできない。足を下ろした状態ではあるが、二人なら眠れそうだ。
アンネはもちろん、リズも貴族出身、こんな場所での睡眠は辛いだろう。それに比べて私はどこでも眠れる。人買いの荷馬車の板の上でだって寝れたんだ。
私は二人に向かって笑顔を作った。
「アンネ、リズ、私が外で寝るから、二人はここで横になって」
「ディタ様、外で寝るなら私が!」
「あら、ダメよ。アンネの侍女は今はリズ一人なのよ。あなたがアンネの面倒を見ないと」
「でも……」
私は二人にお休みと言うと、止める二人を押しきって馬車から下りた。
「ディタ様」
「私、外で寝ようと思うんだけど、毛布か何か借りられるかしら? 」
馬車の外で見張りに立っていた騎士が、馬車から下りてきた私に駆け寄ってきた。
「外ですか? 」
「うん。だって、二人ならば馬車の中でも横になれるでしょ。私はどこでも寝れるし」
「しかし、ディタ様を外で……」
「いいの、いいの。私も足をのばして眠りたいし」
「ならば寝袋を。でも、場所が……」
騎士達とごろ寝でも……と思ったが、さすがにまずいのかと思い直し、回りをキョロキョロ見回した。見張りの騎士達が見える場所に大きな木があり、その根元のウロがいい具合に横になれそうなくらい窪んでいた。
中を覗くとすっぽりとした空間で、虫などもいなくてつるんとしている。
「私、ここで寝ます」
寝袋を中に引き入れ、その中にくるまるとかなり寝心地が良い。
「では、馬車をここまで移動します」
護衛の観点からか、木のウロの前に馬車を移動させ、ウロを隠すように停める。風避けにもなり、私はこんな場所で、盗賊に襲われた後だと言うのに、ストンと眠りに落ちてしまった。
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