第19話 山道

 馬車の旅は快適に過ごせた。

 流石王族所有の馬車、スプリングがしっかりしているのか、はたまた道の舗装がしっかりしているのか、ほとんど揺れることがなかった。

 当たり前だが、私は王都の中しか知らない。自分の生まれ育った村も記憶にないし、人買いの馬車から見た景色は多分王都の外れくらいだったと思う。しかもあの時は、カシスに抱っこしてもらって一瞬見えただけだった。


 王都を抜けると、田舎道のような平坦な一本道を一列で馬車が進み、その前後を護衛の騎士が騎馬が整然と並び、アンネの馬車のみ左右に騎士が数名囲んでいた。

 なので、馬車の窓から外を見ると、まずは端正な顔立ちの騎士が見え、その向こうに山が見えたり川が見えたり、ポツンポツンと家があったり。たまに畑仕事をしている村人が馬車に向かって降頭していたり、牧場なのか動物が沢山いる場所などもあった。


「ザイザル国は平地なのね」


 気温は温暖で平地で、恵まれてると思った。四季はないみたいだけど、夏は過ごしやすいし、冬は寒くない。通年長袖一枚か、プラス羽織り物で過ごせる。冬でも水浴びできちゃうくらいだから、お湯につかるって発想が育たなかったんだろう。そこまで暑くならないから汗もたいしてかかなくて、風呂に入らないと……という気にもならない。


 この過ごしやすい気候が、ジークの最大の敵(臭い環境)なのかもしれない。


 いくら貧しくても、飢えて死ぬことはなかったし、凍えて死ぬこともない。病弱だった私が生きてこられたのは、この国だからこそとも言える。


 うん、ジークには悪いけど、ザイザルがこういう国で良かった。


「そうね。でも、国境は山脈よ。山脈はどこの国の領地でもないの」


 そういえば、座学で習った気がする。山脈の向こうには二つばかり小国があり、その先にアステラがあるんだった。その間にはどこの領土にも属さない土地があり、移動民族(土地に縛られない)や盗賊などがいるそこそこ危険な場所であると。


「今日までは宿に泊まれたけど、二日は野営になるわね。でも、その後はマスカラ国に一泊、そうしたらアステラにつくわね。兄様はもう出発なさったかしら? マスカラ国で追い付いてきたら私の勝ち、ルーシュ国ならディタ、アステラについたらライラの勝ちね 」


 アンネは賭けのことは忘れていないらしい。


「勝ちってなんですの? 」


 今日はライラではない侍女が一人同乗している。私達の賭けを知らない侍女は、キョトンとした顔で私に問いかける。ミルクティ色の瞳に若草色の髪の毛。まだ幼さが残る顔立ちで、多分ディタと同じくらいの年齢だろう。多分、一番年の若い侍女に違いない。そのぶん、私にも気安く話しかけてくる。

 賭けの説明をしてあげると、侍女は僅かに顔を赤らめながら、大きくうなづいた。


「私もアンネローズ様に賛成ですわ。皇太子様は、ディタ様にベタ惚れですもの。きっと、三日の距離など二日もあれば詰めておしまいになるでしょう」

「リズ、あなたも賭けに入る? 」

「よろしいのですか? でも、私もアンネローズ様と同じ五日だと思いますが」

「なら、リズが勝ったらディタに一つお願い事をするといいわ。私からは……そうね、あなたにこのブローチをあげましょう」


 侍女……リズはその可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべてコクコクとうなづくと、うっとりとアンネのブローチを見つめた。


「アンネローズ様、これから山道に入ります。どうぞ窓をお閉めください」


 右脇についていた騎士の一人が、馬車に近づいてきて行った。


「何故? 」

「これより先は我が領土ではありませんので、何があるかわかりません。盗賊などは木の上から毒矢を射てきたりもします。警戒してもし過ぎるということはありませんから」

「わかったわ。残念ですけど、窓を閉めましょう」

「これより先は多少の揺れもご勘弁ください」


 私とリズで窓を閉めて馬車の中は薄暗くなり、山道に入ったからか確かに馬車は今までになくガタガタと揺れた。


「盗賊がいるんですね」


 リズは身体を強ばらせて私にすり寄った。そんな彼女の手をそっと握ってあげると、リズは小さな声でありがとうございますとつぶやいた。


「大丈夫よ。盗賊といっても、せいぜい十人とか二十人とかの野党の集まり。うちの騎士達は一騎当千。しかも五十人もいるんだから」


 アンネはリズを安心させるように言うと、窓の隙間から外を覗こうとする。


「アンネローズ様、なりません」

「まあ、外を見ても代わり映えしないんだけれどね」


 アンネは足をプラプラさせながら、飽き飽きだとつぶやく。

 本を読もうにも馬車の中は揺れるし、ただ乗っているだけでも車酔いしそうだ。刺繍なんて細かい作業もできない。


 暇潰しにトランプでもしようともちかけると、二人はすぐにのってきた。トランプは木の皮で作った自作だ。この世界にはトランプはなかったから、私が作ってアンネに教えた。そこから王宮に広がり、今では皆が知る遊びになっていた。ひたすら大貧民をし続け、ほぼアンネの圧勝だった。こんなにトランプしたのは小学生ぶりだ。リズは……可愛い娘の頭の中身はおバカでも許されるんだね。ダントツの最下位だった。


「ハァ……、さすがに喉が渇きましたね。休憩を入れないのかしら? 」


 リズがチラリと窓を見る。

 確かに、今までは小まめに休憩を入れ、馬車が進むのよりも休憩時間の方が長いんじゃないだろうかと思わなくもなかった。

 今日はまだ一度も休憩を入れておらず、昼食の時間さえ過ぎている気がする。


「しょうがないわ。山の中にはなかなか開けた場所がないから、休憩の取りようがないのよ」

「確かに、今までは真横に騎士達がついていたようだけど、今は一列で進んでいるようね」


 窓を少し開けて確認すると、馬車の横に騎士の姿がなかった。


「そうね。ギリギリ馬車が進めるくらいの道幅しかないから」


 一列に間延びした隊列、盗賊からしたら襲いたい放題じゃないだろうか?

 反転も難しいから、列を分断して各個撃破して、ジリジリ戦力を削いで……。


 そんなことを考えていた時、いきなり馬車が速度を上げだした。


「キャッ!! 」


 リズが私にしがみついてくる。


「盗賊が!! 」


 馬車の外から悲鳴やら叫び声が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る