第17話 条件付きで 2
「まず一つ目」
「まず……」
まだあるのかと思っていたら、更に更に続きます的な話し方に、ジークの弛みっぱなしの頬が一回ひきつる。
「結婚するまでは清い関係で」
「は? 」
さっきの条件だとすくなくとも半年以上は結婚は先だ。第一、一般庶民じゃあるまいし、今日結婚決めて明日籍を入れましょうなんてできる訳がない。
アンネだって、プロポーズから半年後に婚約式、さらに半年後に結婚式だと言っていた。つまり、一年の準備期間がいる訳だ。
悪足掻きかもしれないけど、嫌なことは極力後回しにしたい。
私は瞳を潤ませて、ジークのことをジッと見つめる。胸に手を当て、小首をコテンと傾げてみせる。
「お・ね・が・い」
ジークの喉仏がゴクリと上下する。
ジークに限ってだけど、恋愛フィルターがかかるせいか、私がとっても可愛く見えるらしい。今までもこうすると大抵のことは言うこときいてくれたし、ちょっと怪しい雰囲気になった(いわゆる押し倒されて、ジークの理性がぶっ飛んだ)時など、涙を滲ませて怖い……と震えてみせれば、ジークの手はピタリと止まった。
大事にされてるな~って実感すると共に、チョロイと舌を出す楠木絢もいたりする。だって、頭の中は恋愛初心者の十四歳乙女じゃなく、それなりに恋愛経験豊富なアラサー女子だから。もうすぐアラフォーになるけど……。
楠木絢の肉体はないから、絢の最後の記憶にある三十で年齢をストップさせてもいいのかもしれないけど、私は律儀にディタと共に年を重ねている。意味ない気もするんだけどね。
「ハァ……。ディタはずるいよ。僕が君のお願いに弱いって知っててやるんだから。いいよ、今まで我慢したんだ。少しくらいは我慢するよ」
言質をとったからね!!
「あとね……」
「はいはい、どうぞ」
ジークは諦めたのか、ベッドにゴロンと横になる。私の膝枕で。
さりげなく足をサワサワしてるけど、これくらいは許してあげよう。
「夫婦になった後の性生活なんだけど……、週に一回でお願いします! 」
「……」
いきなりの直球過ぎるお願いに、ジークの手もピタリと止まる。
「私ね、行為自体好きじゃないの。というか嫌い、嫌、できれば一生したくないレベル」
「……ディタはしたことある? 」
私がいた環境を考えてか、ジークの眉がグッと寄り、声質が硬くなる。目には怒りとも悲しみとも取れるような強い光が浮かんでいた。
「ない! 」
「ない……? 」
即答する私に、ジークはホッと息を吐く。
「……そう。ならどうして? 」
「……体質? 」
まさか、不感症だからとは言えない。経験のない私(ディタ)が、何だって不感症だってわかるのかって話しになるし。
「……あとね、聞いたから! 初めては凄~く痛いんだって! 私、痛いのダメなの。無茶苦茶苦手。第一、娼館じゃ初めてはワグナー男爵みたいな経験豊富な男性にお願いするんだって。ジークは……経験は? 」
ないとわかっていて聞いてみる。
「……数回」
あるんかい?!
「教育の一貫でだよ。王族には閨教育があるのは、ディタも知ってるでしょ? 」
「……そうね」
実際にアンネと一緒に受けたしね。
かなり実践的な教育でした。座学だけどね。
「王女達のは座学だけだと思うんだけど、王子のは実技もあるんだ」
「……」
つまりは……素人童貞だった私(楠木絢)の元彼と同じってこと?
ウワッ!
絶対嫌だ!!
私のひきつった顔を、違う意味で勘違いしたようで、ジークは起き上がって私の両手をギュッと包み込んだ。
「恋愛感情とかはないんだ。本当にただの勉強だったし、ディタに会う三年か四年前のことで、それからは一度も!! 君を思って一人ですることはあっても、誰かと繋がったことはない! 」
一人で……って。
そんなことカミングアウトしないで欲しい。この美貌の王子が……って、想像しちゃうじゃないの?! しかもおかずが私って……。
「いや……過去のことは別に気にしないから。彼女とかいてもいいと思うし」
「僕は嫌だ! ディタ以外の彼女なんて考えられないし、ディタにも僕以外の彼氏とか考えたくない」
重……っ。
嫌じゃないけど。
「ディタにはいるの? 好きだった人とか」
知らんよ。楠木絢には恋人はそれなりにいたけど……本当に彼等のことを好きだったのかと聞かれると、申し訳ないけどノーかもしれない。
一人は寂しいし、誰かと手を繋いでいると温かい。回りも彼氏いるのが当たり前って感じだったし、いないと女としてどうなの? って雰囲気になる。
だから、見た目がそこそこで、それなり(ゲスいけど、出身大学や就職先だったり)の相手だったら、交際は即OKしてた。好きだから……じゃなかったな。
そのせいか、別れもサラッとしたもので、言われた暴言に傷つくことはあっても、彼氏と別れたくないと泣いたことはなかった。
もしかして、私って最悪?
「いたの?! 」
私の無言の回想を勘違いしたジークが、悲壮な表情を浮かべていた。
「いないってば。(多分。だって十歳前のディタの記憶ないし)それはいいとして」
「良くない! 」
「良・い・と・し・て。週に一回は守ってもらえる? 」
ジークはうなづくことなく固まってしまっている。
だってしょうがないじゃい。これが最大限の譲歩なんだもん。うち(ミモザの館)にきてるワグナー男爵みたいに、一日何回もエンドレスなんて勘弁もいいとこ。血筋からしたって淡白だとは思えないし。
「……毎日一回は? 」
「一週間に一回」
「……二日に一回」
「一週間に一回」
「……」
全く折れる気配のない私に、ジークは辛そうにため息をつく。
「ディタは経験はないんだよね?」
伺うように上目遣いのジークに、当たり前でしょとうなづく。
「そりゃ、最初は誰だってしんどいと思うし、僕も精一杯頑張るけど、ディタに痛い思いをさせてしまうと思う。でも、本当に本当に最小限にとどめるように努力する。でも、もしだよ、ディタが僕とするのに苦痛がなくなって、僕をもっと受け入れてもいいと思ったら、その時は再度考え直してほしい。それまでは、ディタの言うようにするよ」
確かに、ジークの頑張りがなければ、悪夢の初夜になりかねない。まあ、苦痛がなくなることはないと思うから、考え直すことはないだろう。ないだろうから、いくらだって了解できる。
「いいわ。もし、一回でもそういう気分になれたら、その時はジークの好きにしたらいいわ」
「本当に?! 頑張るよ! 」
頑張るって……。
独学で?
実地で?
色んな条件をつけたのは私だけど、くだらないヤキモチが胸の底にチクリと刺さった。
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