第16話 条件付きで

「結婚……かぁ」

「正式に認められたし、第一ディタがOKだしたんだから、今さら無しとか絶対に認めないから」


 今まで以上にベッタリと私にくっついたジークが、絶対に離さないとばかりに私の頭にグリグリ頬を擦り付けてくる。


 すでに国王夫妻は自室に引き上げ、ロイ公爵もライラも退出し、アンネは気を利かせてか、カシスに髪を結ってもらうんだと、カシスを引っ張って部屋を出ていった。広い謁見には、私とジークだけだというのに、まるで満員電車の中にいるかのような密着度合い。もしもジークに尻尾がついていたら、ちぎれんばかりにブンブン振り回していることだろう。


 正直、鬱陶しいというのが半分、好きな相手にここまで執着されて嬉しくない訳ない……というのも……まぁ半分。


「やっとディタをお嫁さんにできるんだね」

「ああ、うん、そのことだけど……」

「最速で結婚式するから! 三ヶ月……は無理か。半年……一年以内には絶対だ。文句はないね? あっても聞かないけど」

「ああ、それは諦めた。半年から一年後ね。そんなに急がなくても……とは思うけど、いいよ。」


 ジークは、驚いたように私の顔を覗き込み、花が開くようにゆるゆると笑顔が広がっていく。


「てっきり、ディタは何だかんだ先伸ばしにして逃げるのかと思ったよ」

「まあ……逃げたいのは山々。正直結婚なんてまだ考えたくないし、自由になったらやりたいことだってあるしね。……ハァ。でも、やっぱりジークのことは好きだから、責任は取らないとだよね。お気楽にお付き合いしましょうって立場じゃないもんね」

「ウワッ、責任とるとか、男らし過ぎるんですけど。好きだからとか、マジ嬉しすぎる……」


 ジークは口を両手で押さえ、目を潤ませている。

 頬を桜色に染めて、乙女か……っての。

 背景に薔薇とか飛んじゃいそうな勢いで、そのポーズとっても似合うんだけど、一国の王子としてはアウトだよね。いや、二十代青年って考えてもアウトか。


 まあ、どんなに残念王子でも、惚れてしまったら最後……。見た目もドストライクで美しいけど、この見た目と正反対の粘着質な愛情とか、辺り憚らず私に執着するとことか、可愛いなぁって思ってしまうんだもん。


 だから最大限に譲歩してあげる。


「うひゃ! こら、下ろして! 」


 夢のお嫁さん抱っこ。正真正銘王子様にとか、頭の中だけじゃなく全身ピンクに染まってしまうから。

 そんな私の顔中にキスの嵐を降らせつつ、ジークはよろけることなく歩き出す。階段もなんのその、もはや小走りなんじゃないかというスピードでただっぴろい廊下を歩き、警護の騎士達には生暖かい視線を向けられ、侍女侍従達には見て見ぬふりをされ、バタリと扉が閉まる。


 うん、ジークの私室だよね。


 応接間のような部屋はスルーして、さらに奥にある寝室に連れ込まれる。大切な壊れ物のようにキングサイズよりも広いベッドに下ろされる。


「ちょい待った! 」


 顔中にキスされ、その顔面を両手で押さえる。「ムギャッ」という色気のない声がし、ジークは不満そうに私の手をつかんで引き下ろした。


「今さら逃げないでよ」


 口ではそう言いながらも、ジークは無理強いすることなく私のオデコにオデコをくっつけて、極甘に微笑む。

 がっついてないのは、結婚の承諾を貰ったっていう余裕からか、もとから性欲が少ないのか……。いや、後者の訳ないか。なんたって、複数の奥さんをもつ父親と、娼館を貸しきりにして片っ端からヤりまくる叔父(ワグナー男爵)を持つジークが、淡白な訳がない。逆に、よく今まで我慢してくれたよなと……それだけでも愛されてるなって思う。


 それはすご~~~く思うよ。


 だから、今から言おうとしていることは、ジークの愛情に胡座をかいて、尚且つグリグリ踏みつけるようなことだと自覚してる。でもね、拗らせまくったアラサー女子(脳内年齢)の妥協できるギリギリなんだよ。


「座って」


 私を押し倒すように乗り掛かっていたジークの肩をグッと押すと、素直に私の上からどいて、ベッドの上に正座するように座った。


「靴、脱ごうね? 」


 私の靴はすでにベッドに置かれた時点で脱げてしまっている。ジークは編み上げブーツのような靴を履いていたから、脱げることなくそのままだ。

 ジークはパッと顔をほころばせると、イソイソとブーツの紐をほどきだす。


 アッ、勘違いしたな。


 ブーツを最速で脱ぎ捨てたジークに、申し訳ないけど再度ステイをかける。


「ベッドは寝るとこだから靴であがったらダメ。私は話しがあるの」

「話し? それって今じゃないとダメ? 」


 アァッッッ!!!

 反則だよね?!絶対に自分の美貌をわかってやってるよね?


 下から覗き込むようにしたキラッキラの笑顔で、潤んだような透明感のある瞳には極上に優しい光を浮かべて、私の手をつかんでそっと自分の胸に抱え込む。そのまま優しく私を押し倒して、再度マウントのポジションをとる。

 平べったいその感触は、細い身体の割に筋肉質な張りがあり、びっくりするくらいドキドキと鼓動が速い。


「今じゃなきゃダメ! 聞いてくれないならさっきのは無し! 」

「エェェッ!? それは酷いよ」


 ジークは素直に起き上がると、私の手を引いて起こしてくれた。しかし、手はそのまま繋いだままだ。


「あのね、結婚には条件があるの」

「条件? 僕ができることなら何だってするよ。もちろん、ディタ以外の愛妾は娶らないし、僕が買える範囲なら何だって買ってあげる。今はまだ皇太子だけど、国王になったら領地だって何だってあげるよ」


 ダメダメ国王出来上がり……。


 頭を抱えたくなる。

 私が超極悪女だったらどうするんだ! 確実に国が傾く。下手したらデモクラシーとか起こって、最終的には怒り狂った国民にギロチン送りにされる案件だよね。

 某国王妃みたいになるのはごめんだ。


「奥さんは私一人じゃなきゃ嫌だけど、他は何もいらない」

「でも、愛妾や正妃には領地が与えられて、さらに手当てもつくのが普通だよ。だって、衣装や宝石の購入や、侍女や侍従を養わないとだから」

「ああ、そういうのは最低限でいいし。侍女とか侍従とかいらないし。衣装とか宝石とか興味ない。汚ならしい格好はしたくないけど、普通の格好で十分だから」

「そうもいかないんだよ。一応僕……皇太子だから」


 一応かい?!


 シュンとしてしまったジークに、私は色々思案する。

 確かに、皇太子の愛妾になるのなら、公務とかがあるのだろうし、あまり質素過ぎるのも対外的にまずいのかもしれない。


「わかった。最低限に抑えて貰えるなら、侍女や侍従をつけるのはいいし、贅沢にならないように着飾るのもいい。その為に必要なら領地とやらがあってもいい。ただし、領地経営は人任せにしない。その勉強もしたい。いい? 」

「勿論だよ! 」


 ジークは話しは終わった? とにじり寄ってくる。私はそれに待ったをかける。


「まだあるの? 」

「まだって言うか、話しの本題にすら入ってないけど」

「そうなの? 」


 私の手をニギニギしながら、ジークはため息を落とす。


「まず、ウスラに買われたあと一ヶ月半、それはきちんとアンネの為に使いたい」

「勿論だよ。アンネの王妃教育は君の為にもなるしね」

「さらにその後半年、この国のこと、税制や規律、領地経営に必要なノウハウとかも学びたい。できれば、その地方の特産とか、商売について」

「……それはいいけど……ディタは商売がしたいの? 」

「そうね。自分の生活費が出せるくらいには稼がないと。将来何があるかわからないから、貯蓄もしたいし」

「……僕の妃になってくれるんだよね? 」

「一応、そのつもりだけど」

「一応……。まぁ、いいや。国のことを学びたいなんて有難い限りだから、承諾した」


 ジークは私の横に移動すると、私の肩に手を回してギュッと抱き締めた。


「あとね……」

「もう、まだ? 何だって聞くから早く言って」


 ジークの手は焦れたように私の背中をサワサワしている。


 ウーッ、これからが本題も本題……。ごめんね。本当にひたすらごめんね。

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