第15話 婚約か……ハアッ

「……ディタ? 」


 私を呼ぶその甘い声音に、私の肩が大きく揺れ、潤んだ紅い瞳に膝が崩れ落ちそうになる。色気全開の私の恋人は、私の視線を決して逃そうとせず、全ての意識を絡めとるように私だけだと訴えてくる。


 完敗です。


 この笑顔も、甘い視線も、極甘な声音も、全て私を逃がさないと告げている。指先の動き一つでそれは伝わってくる。

 そして、国王夫妻からのプレッシャーも痛すぎる。ジークに早く妃を娶らせたい二人は、相手はこの際問題にしていないらしい。


「……でも、立場が」

「ダンが養女にしてもいいって言っていたよ」


 国王の弟の娘になれば、愛妾ではなく正妃にすらなれる。私としては、できる限り拒否りたいけど。だって、娼館を貸しきって端から抱き潰していくようなエロ男爵をお父様とは呼びたくない。


「ディタは僕のことが嫌い? 」


 小首を傾げて見上げらると、心臓にズキュンとくる。あぁ、瞳のウルウルさ加減が絶妙にエロ素敵!


「ねぇ、ディタ。僕は君が好きでたまらないんだ。君もそうだと思っていたんだけど……違う? 」

「違わ……ない」


 好きですよ!

 ジークとの初夜とか、恐怖しかないけれど、それでも避けられないならしょうがないかって諦められるくらい、いまだにトラウマ全開の脱処女、絶対に二度とごめんだって思っていたけど、ジークの為ならあの拷問のような時間を耐え抜こうとさえ思えるくらいに大好きです。


 ハァ……。


 大好きな彼氏にプロポーズされて、ため息しかでないっていうのは問題な気がする。気がするけど、国王夫妻の前で申し込まれ、もう少し待ってなどと言える訳もなく、ジークの瞳もそれは認めないと微笑みの奥で訴えている。


 後で、二人っきりの時に条件を出さなければ……。それさえ守ってもらえれば、前向きに……とは言い難いが最大限善処しようと思う。本当に本位ではないけれど。


 この時私は、一般の人が聞いたら蹴り飛ばされる……蹴り殺される? ……だろうようなことを考えていた。

 片や超絶美男子の王子様。片や黒髪の醜女(この国では黒髪ってだけで不吉の象徴、見た目関係なく不細工扱いされる)で娼婦(娼婦としての仕事はしたことはないし、するつもりもないが)。どうやったって釣り合いなどとれる訳もなく、こんな私がジークのプロポーズに不承不承うなづき、しかも条件までつけようなんて、身分不相応にも程がある……というのが一般論に相違ないだろうから。


「僕のプロポーズ、受けてくれるよね? 」

「……慎んで…………お受けいたします」


 国王夫妻は満足気にうなづき、ロイ公爵はギリギリと歯ぎしりをしながらワナワナと震え、ライラは顔面蒼白で俯いていた。

 ジークは満面の笑みを浮かべて立ち上がると、私をギュッと抱き締め、顔中にキスの雨を降らす。最後にチュッと唇にキスすると、一際強い光をその瞳に浮かべ、国王夫妻を見上げた。


「父上、母上、正式に婚約が、ディタとの婚約が成立したことを認めていただけますね」

「お待ち下さい! それは承服しかねます」

「ロイ公爵なぜです? 」

「王族、貴族の婚約の承認には、国王正妃の承諾と貴族三人以上の証人が必要になります。ここには貴族は私とコネルコ男爵しか貴族がいないではないですか。娘は爵位は賜っておりませんからな」


 どうだ! と言わんばかりに、ロイ公爵は鼻息荒く詰め寄る。


「確かに。ジーク、正式に婚約するには人数が足りんな」

「それに、娘に対する責任をどうとるおつもりか?! あのような噂が流れた娘など、誰が娶ってくれると言うのです! 」


 多分、この場にいる誰もがたかだかキスくらいで……と内心呆れているのだが、さすがにロイ公爵を目の前に口に出すこともできずに嘆息するしかない。

 ロイ公爵も、何故押し倒されなかった?! と歯噛みしつつ、自分でもキスくらいでは理由として甘いことは重々承知の上で無理を通していた。


「それなら、全て解決ですわ! 」


 国王夫妻の後ろのカーテンがサッと引かれ、生き生きと瞳を輝かせたアンネと、アンネの後ろで極力無になりきろうと小さく控えるカシスが現れた。


「アンネローズ! 」


 国王は振り向いて咎めるような声を上げた。


「王族は貴族に準ずる扱いになりますわよね。つまり、私が三人目の証人になりましょう。この裏でばっちり聞いていましたわ」


 盗み聞きを胸を張って主張するあたり、さすがアンネだ。


 階段をカツカツ降りながら(後ろからカシスもついてくる)、どうだとばかりにロイ公爵の前に立つ。


「コネルコ男爵、兄様はと婚約が成立いたしました。よろしくて? 」


 コネルコ男爵は平伏しながらうなづくと、号外を差し替えねばと、退去する許しを得て広間から脱兎の如く飛び出して行った。


「愛妾は一人とは限りません。是非にジーク皇太子殿下には我が娘も……」

「無理! だって、僕はディタ以外としとねを共にするつもりはないもの。お飾りの愛妾でよければいいけど、僕が通うことは絶対にないよ。それって、意味ある? 」


 狙うは跡継ぎ、子供……男子の子供ができなければ意味がないでしょとジークは首を傾げる。ロイ公爵はグググッと奥歯を噛み締めた。


「だから、それも解決だって」


 アンネに視線が集まる。


「ライラはこの国では兄様と噂になっちゃったから嫁の貰い手がない。でも、兄様はディタ以外の妻を娶るつもりはない。なら、そんな噂を知らない他国に嫁げばいいじゃない。ウスラのすぐ下の弟がお嫁さん募集中ですって。ちなみに、王位継承権第一位よ。将来私に王子が生まれなければね」

「他国と言われても……」

「私、再来週婚約式を上げにアステラ国に行くじゃない? ライラには侍女として同行してもらうつもりだったし、顔合わせしてみるだけでもどう? ほら、ウスラが即位するに当たって、ほとんどの兄弟姉妹を追放したんだって。唯一、悪事に加担してなかった……名前なんだっけ?……まあ、その弟君だけは保険として国に残したらしいんだけど、妃をアステラの貴族の令嬢からとるつもりはないんですって。ロイ公爵令嬢なら、身分的にもちょうどいいんじゃないかしら」


 公爵令嬢と言っても出自は違うのだが、それはアンネも知っている話し。確か、ウスラは兄(ウスラの前の皇太子)を殺され、自分は身の保身の為に王女として育ったという経歴を持っていた筈。自国の貴族はほとんど信用していないのだろう。


「しかし……」


 あくまでも皇太子愛妾の地位に拘るロイ公爵は、どうにもうなずくことができない。


「形ばかりの、跡継ぎも孕めない愛妾になるのと、他国とはいえ王位継承権のある王子に嫁ぐのでは、どちらがいいかしら? アステラに発言権を持てば、ロイ公爵家の地盤はより揺るがないものになるでしょう」


 ロイ公爵は、何も言わずに平伏した。それを見てニッコリ笑ったアンネは、ジークにがっちり抱き寄せられていた私のところへ小走りにやってくると、ジークを無視して私の首に抱きついた。


「ああ、ディタと姉妹になれるなんて嬉しいわ。こうなると、ウスラとの婚姻を延ばしてもらおうかしら」

「はい? 」

「だって、姉妹になっても隣国に嫁いでしまったら、なかなか会えなくなるもの。本当は、ウスラとの契約が終わったら、ディタをウスラの弟のお嫁さんにってのも考えてたのよ。でも、兄様がねぇ……」

「何を言ってるんだ。ディタは僕だけのディタだよ。誰にも渡す訳がないじゃないか」


 ジークはしっかりと私の腰を抱き寄せ、頬にキスをする。

 そんな私達にライラはキツイ視線を向けていたのだが、それに気がついていたのはカシスだけだった。




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