第14話 婚約?

「な……何よ……」


 もう、視線がジークから離せない。片膝ついて見上げてくるとか、反則通り越して目の保養、眼福半端ない。

 これでジークが普通の彼氏ならば、適当に流しつつあしらえるのだが、超絶美男子を前には頭の中がドピンクに染まってしまう。

 なんにでもうなづきたくなるという破壊的な笑顔を浮かべて、ジークは私の手に唇を寄せた。


 ジーク以外の全員が全員、各々の理由で固まり動けないでいる中、ジークだけは満面の笑みで、私の手をサワサワと撫で回しながら、国王の方へ顔を向けた。


「父上、母上、僕はこの場でディタにプロポーズしようと思うのですが、よろしいでしょうか? 」

「な……?! 」


 私は顔がひきつるのを感じながら、国王の方へ恐る恐る顔を上げた。「何を馬鹿な、身分もない娼婦などにうつつを抜かしおって!」 ……という怒号が飛んでくるとばかり思っていた。


「ふむ……、やっと重い腰を上げたか」

「いえ、僕はいつでも愛しい人と結婚したいと思っていましたよ。毎回会う度にプロポーズだってしていましたしね」


 プロポーズ……、確かに毎回「大好きだ。君を独り占めしたい。僕の子供を生んでほしい」みたいなことは言われていた。「私も好きよ。今はウスラが私の主だから無理よ。子供は……(それに付随する行為が無理! )大人にならないと無理だわ」と返していた。


 しかし、身体はすでに子供が生める状態になってしまったし、ウスラとの半年の契約もあと僅かになっている。

 つまり、断る理由が……。


 全身から冷や汗がジワーッと出てくる。

 何でか、国王と正妃が暖かい視線を向けてきており、反対のハの字も感じられない。


 ジークは再度私を下から見上げると、紅い瞳に強い光をこめて私を見つめた。


「ジークフリード・ハイネ・ロイエント・……・フォン・ザイザール、ディタ嬢に正式に結婚を申し込みます。いく久しくお受けください」


 ウワッ、なんだ? 長ったらしい名前。


 私はプロポーズの言葉よりも、その長い名前に驚いてしまう。


 いや、王族だし、ジークフリード・ザイザールよりはらしいと言えばらしいけど、こんなに長い名前だったんだ。寿限無寿限無……よりも長いんじゃないだろうか? よく覚えられたな。


 などと感心していると、ジークが私の返事を促すように微笑みかけてきた。

 回りを見ても、国王達はうなづきながら私の返事を待っているし、ロイ公爵は怒りでワナワナと震えている。


「あの……、でも……」

「もう、君を待つ理由はないよね? はいと答えてくれるでしょう? 」


 その砂糖菓子より甘い声音に思わずうなづきそうになり、慌てて首を横に振る。


「だって、私はまだウスラに……」

「それは了解を取ってある。第一、アンネと共に妃教育を受けてもらっているのはその為だしね」

「えっ?! だってそれはアンネが一人じゃ飽きちゃうからって」

「それもあるけどね。君は覚えがいいって、教師達が誉めていたよ。いつでも僕の妃になれるってお墨付きをもらったよ」

「でも……。王子の愛妾なんて私には……。前にも言ったけど、沢山の奥さんの一人は嫌なの。あなたは立場上……無理でしょう? 」

「何て身の程を知らない!! 」


 ロイ公爵がいきり立って怒鳴ると、正妃がそんな公爵を諌める。


「ロイ公爵、今はジークのプロポーズの場です。あなたが発言する権利はありません。それに一人の妃とは素晴らしいじゃないですか。私も、王には進言したことがあります。これ以上愛妾を増やさないで欲しいと。……守っていただけませんでしたが」

「しかしそれではお跡継ぎの問題が!! 」

「ディタはまだ若いからね、頑張れば十人くらいは大丈夫なんじゃないかな。もちろん、僕も誠心誠意手伝うつもりだよ。毎晩だって通う……いや、違う部屋なんて嫌だな。どうせなら、毎晩愛しい人を抱きしめて眠りたいな」


 下ネタ発言を、そんな爽やかな笑顔で言わないで~!

 しかも、甘々過ぎるッ!


「それは、わからないよ。もしかして不妊とかだったらどうするのよ」

「別にいいんじゃない? だって、父上が沢山跡継ぎを作ってくれているからね。僕に子供ができなくても、兄や弟に立太子してもらえばいいんだし、兄弟の子供を皇太子にすえてもいい。やりようはいくらだってある。ねぇ、ロイ公爵。弟のサイラスの妃は君の遠縁の令嬢じゃなかったかい? つい最近、子供も生まれたよね? 」

「それはまぁ……」


 ロイ公爵の瞳が打算に歪む。


「もちろん、立太子の任命は国王にあるのだから、その点は忘れないで欲しいな」


 笑顔のまま、その視線だけは「もし将来の我が子に手を出したらただじゃおかない」と不穏な揺らぎを投げ掛けていた。


「で、ディタ。返事はまだだろうか? 」


 私に向けた瞳はごく甘に変化し、目に浮かべる光一つでこんなにまとう雰囲気が変わるのかと吃驚だ。


 目の前には激甘な超絶美男子(しかも私の恋人)、正面にはこの国の最高位である国王夫妻。ここで首を横に振るなら、何故最初に王子を受け入れて、三年も恋人として独占したんだって話しになるよね。


 そりゃ私だってジークのことは大好きだ。こんな美貌の王子に甘く囁かれて、脳内がピンクに染まらない方がおかしいじゃないか。

 しかも、王子の癖に私に一途で、三年間一度も浮気をしなかった。(ライラのことはノーカウント。私だと勘違いしただけだから)


 でも、でも!!


 だからこそ、ジークはジークは……童貞に間違いない! 私に出会う前も、匂いに敏感なジークは女性というか人間に近寄れなかったみたいだし、経験だけしているとは思えない。


 つまり、処女と童貞のカップルになる訳で……。


 私の頭に記憶(楠木彩)にあるを思い返してゾッとする。

 素人童貞だった彼氏の、自分勝手なSexがトラウマになり、それから不感症にまでなった(そのせいか元からの素質かは置いておいて)自分。あの行為は私には苦痛でしかなくて……。


 真っ更な二人で良かったね……とは、悪いけど言えない。だからって、これからジークに経験を積んできてとは絶対に言えない(だってやっぱり好きなんだもん)。毎日毎晩あの苦行を強いられるなんて勘弁だ! この世界にはないけど、尼になって一生純潔を貫きたいくらいなのに。


 まさか、あなたは好きだけど、Sexしたくないから結婚したくない……なんて言えないよ~ッ!

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