第12話 ライラの暗躍 ……ライラ視点
ディタがフラフラしながらアンネローズ様の私室から出ていった後、アンネローズ様は頭を押さえてため息をついた。
「ライラ、このことは……」
「もちろん、ジーク王子様が私にキスなさったことは他言はいたしません」
「ああ、うん。そうして」
わざと大きな声で言ったのだけれど、アンネローズ様は僅かに眉を上げただけで、私(ライラ)に下がるように手で合図をした。
私は深々と淑女の礼をして、後退るようにして部屋を出た。
いくら貴族の教育を受けていないからといえ、王族にお尻を向けて歩くなんて、ディタは本当になっていない。
愛妾としても失格もいいとこだわ。そうよ、あのお美しいジーク王子様に、汚ならしい娼婦なんか似合わない。私なら、公爵様から正妃になれるような教育も受け、立派に淑女らしくあの方の隣りにだって立てるわ。
あんな黒髪の醜女に、ジーク王子様の隣りは相応しくない。
可哀想なディタ。
黒髪なんかに生まれついたおかげで、両親からも疎まれて、身体も弱くて、もうとっくに死んでしまっていると思っていた。
ええ、私はあの娘に優しくしてあげたわ。家族でさえ疎んでいたあの娘、熱をだせば看病したり、わずかな食べ物を分けてあげたり。弟妹達と同じように、親身に世話をしたものだった。
私は家族の為に我が身を売ったけれど、あの娘は厄介払いに売られたのよね。私の方が先に売られたから、心の底から心配していたのよ。
幸運なことに、私は貴族のロイ公爵様に買われた。それこそ寝る間も惜しんで、貴族の令嬢として、ジーク王子様に気に入られるようにいたることを叩き込まれた。身嗜みやマナーだけでなく、国内国外情勢に至るまで勉強させられ、血の滲むような努力をして王宮の侍女になった。
そう、ポッと出てきてジーク王子様に気に入られたディタなんかより、私の方がずっと王子の横にいるのが相応しい筈。あの柔らかくて甘い唇は私の……。
「ちょっとライラ」
アンネローズ様の私室の扉の前で立ち尽くしていた私に声をかけてきたのは、同じくアンネローズ様に支える侍女の一人のべティだった。彼女は確かどこぞの男爵の次女で、王宮で働く貴族をゲットするのが目的で王宮に入ったと言っていた。王子狙いではない数少ない次女だ。
「何かしら? 」
「ちょっと、ちょっと」
べティに腕を引かれ、廊下の端まで連れていかれる。
「さっき、ちょこっと聞こえちゃったんだけど……」
「……聞こえた? 」
「ええ。あなた、ジーク様とキスしたの?!」
私は何も言わずに顔を赤らめてうつむいて見せた。
「そうなの?! どこで? 」
「裏庭の温室で……。ああ、これは内緒よ。アンネローズ様にも口止めされているんだから」
「もちろんよ! 誰にも言わないわ。で、どんなふうに?! 」
「腕を引かれて抱きしめられて唇を……」
「まァッ!! なんてことでしょう! 」
べティは目を輝かせて身を乗り出す。彼女はこの手の話しが大好物なのだ。そして、スピーカーでもある。
「あの、お願いよ。誰にも話さないでね。あなただから話したんだから」
「ええ、もちろんよ! でも凄いわ。ジーク王子はディタ様にぞっこんだったじゃない? あなたにも手を出すなんて。そんなタイプには見えなかったけど」
「えぇ、ジーク様は遊びでそんなことなさる方では……」
「まあ! あなたのことも遊びではないと言うことね?! 」
「そんな……」
言葉では否定しつつ、相手には謙遜して見えるような絶妙な表情を作る。
「あの、本当に誰にも言わないでくださいね」
「もちろんよ! 」
「では、私はこれで」
まだ話したそうなべティを置いて、そさくさと立ち去る。わざとらしくこれ以上は詮索しないでと言うようなオーラを醸し出しつつ。
案の定、私とジーク王子様の話しは、その日のうちに王宮内で働く者で知らない人間がいないくらい広まった。
★★★
「ライラ、王宮内で聞いた話しなんだが……」
私は、急遽ロイ公爵に呼び出されて公爵邸に戻っていた。
書式上は私の父となる公爵ではあるが、もちろん愛情などある訳もなく、その態度は主人と従者のそれでしかない。今も、私は淑女の礼をとったまま、顔を上げて良いと許可されていない。
「ジーク王子がおまえに手を出したというのは真か? 」
「……」
「答えろ! いつまで礼をとっておる?! 顔を上げんか! 」
私はゆっくり身体を起こしたが、視線は床に向けたまま身体を固くする。
ロイ公爵はいかにも貴族という風体で、厳めしい顔つきをしている。いかにも命令するのに慣れ、頭を下げられるのが当たり前だと思っていた。
「で、ジーク王子はおまえに何をした?! 」
「……口づけを」
「何?! 接吻だけか?! 」
「さようにございます」
「……接吻……」
その瞳は、何故押し倒されなかった? と責めていた。
「……はい」
「閨の手ほどきはしていただろ」
「……はい」
思い出したくもない感触を思いだし、私の全身が震えた。
「……まあいい。では、ジーク王子がおまえに手をかけたのは正しいのだな」
「……はい」
「いいか、なんとしてもおまえの純潔を貫かせろ! 接吻くらいでは生温い。その為の手練手管は私が教えた筈」
「……」
「……まあいい。接吻だけでも、あの王子に取り入れただけ良しとしよう。これから外堀を埋める。なんとしても、王子には責任をとって貰わねばなるまいな。なあ、私の愛しい娘よ」
ロイ公爵が近寄ってきて、私の腕を強く握って引き寄せる。
「……お許しください」
私はきつく目をつぶり、感覚を切り離した。頭の中では、温室に眠るジーク王子様を思いだし、優しくつかまれた手の感触、触れた爽やかでしっとりした唇の感触、それだけを何度も何度も繰り返し思い描いた。
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