第11話 王宮へ

 馬車が走ること一時間、私とカシスは会話をすることもなく、ただ窓の外に流れる景色を見ていた。


 こんな時、見た目は華やかな女性に成長しても、中身は男らしいカシスの存在は有り難い。ジークのことを憶測であーだこーだ言われたら、それでなくても気分が滅入っているのに、嫌なヤキモチで思考が停滞しそうだったから。


 アラサー女(意識はどうしても楠木彩だから)が、がらにもなく超絶美青年に口説かれてほだされて、ジークが求めるものもあげられないくせに、縛り付けるだけ縛り付けるとか……。こんな関係はいけないんだってわかってる。大人の分別で、彼を手放すか私以外の存在も認めないといけないのは重々承知だ。だって、ジークは王子様なんだもの。しかも、後々はこの国を継ぐ……。


 それはわかってるけど、楠木彩の常識が一夫多妻制をどうしても了承できない。


 ああ、私は最低だ。

 心も身体も十四歳のディタであれば、きっとこの世界の常識も受け入れつつ、ジークの手をとることもできただろうに……!

 でも、もしディタのままなら、きっと私はここにおらず、変態貴族の慰みものになって打ち捨てられる下級娼婦として生涯を閉じただろうけど。


 つまりは、私が私(楠木彩)であったから生き残る術があり、ジークとも出会えたんだけど、だけど、だからこそ恋愛に……ぶっちゃけSexにこじれまくったアラサーである自覚満載の私は、ジークの愛妾になることも、その手を離してあげることもできずにいる。


 私がため息をついたからか、カシスが私のおでこを強めに弾いた。


「イッタ……」

「あたしが言うのもなんだけど、ジーク王子のあんたの熱愛っぷりったら半端ないよ。見てて恥ずかしくなる」

「されてる私も恥ずかしいよ」

「愛されてる自覚あんなら、ため息なんかつかない」

「カシスはさ、もし好きな人に沢山奥さんいたらどうする? 」

「あたし? あたしはそんなお偉いさんなんかに添うつもりはないよ。身の丈にあった、甲斐性なしで十分」


 甲斐性なし……この世界では一夫一妻は甲斐性なしって呼ばれる。妻を一人しか養う甲斐性しかないから。私には、それが普通なんですけど!


「万が一、ワグナー男爵みたいなのに求婚されて、しかもカシスも好きだったりしたら? 」


 無類の女好きのワグナーの名前をあげると、カシスは心底嫌そうに眉間に皺を寄せる。


「あれを好きになることは皆無だけど……。そうだな、嫁同士でタッグを組むかな」

「仲良くなっちゃうの? 」

「憎み合ってもしゃーないだろ。好きな男が同じなら、趣味も合うかもだしな」


 その思考はなかった。


「まあ、公爵の娘と私がタッグを組むことはないけどね」


 馬車は王宮の裏門につき、馴染みの衛兵が門を開けてくれる。いつもの朗らかな笑顔じゃないのは、ジークの婚約の話しがすでに王宮内に広まっているからか?


 馬車が車寄せに停まると、侍従が扉を開けてくれた。


「風邪はよくなったんですね」

「ええ、もうすっかり。今日はジークに会いにきたんだけど」

「……ジーク王子様ですか? 今、謁見の間にいらっしゃるようですが……」


 公用だろうか?

 侍従の言葉が何やら歯切れが悪い気がしたが、公務ならば邪魔はできない。


「じゃあ、アンネは? 」

「アンネローズ様ならお部屋にいらっしゃるかと」

「じゃあ、まずアンネに挨拶に行こうかな」


 侍従が先に立って案内してくれる。王宮の中は迷路のように入り組んでいる。私も行き慣れた場所であれば一人でも行ける(本来はダメだよね。王宮内を一般人が出歩いたら)ようにはなったけど、それ以外はアウトだ。アンネの私室くらいなら一人でも行けるし、今までも一人で行っいたのだが、今日は一人ではないせいか、侍従が付き添ってくれた。

 階段を上り、下り、回廊を曲がり、アンネの私室にたどり着いた。


「何か、迷路みたいね。一人で帰れる気がしない」


 初めて来たカシスが言うと、侍従は全くですとうなづく。


「新人の頃は本当にまいりました。いまだに新米侍女で迷子になって捜索隊が出るくらいですから」


 ジーク公然と私にベタベタするせいか、侍従達の私に対する態度は良好なことが多い。内心どう思っているかはおいておいて、将来の愛妾という位置付けで接してくれる。

 カシスにも愛想よく答えたのは、私と一緒にいるからか、単にカシスの美貌によるものか……後者だな。

 侍従は、私には見せたことないくらいうっとりとした視線をカシスに向けていた。なるほど、だからわざわざ案内までしてくれたのか。


 侍従が扉をノックして私の来訪を告げると、「入っていいわ」と可愛らしい声が響いた。


「アンネ、今までお休みしていてごめんね」

「いいのよ。風邪はよくなったの? あら、あなたカシスでしょ?ディタのお姉様よね 」


 カシスは、お姉様などと言われたのがむず痒かったのか、雲の上の存在もである王族にフランクに話しかけられたのに驚いたのか、一瞬戸惑ったように視線を泳がせたが、思い出したように淑女の礼をとる。

 すると、アンネの爽やかな笑い声がし、頭をあげなさいなと親しげに話しかけた。


「カシス、アンネはこういう人だから、他に人がいなかったら普段通りで大丈夫よ」

「でも……」

「ディタのお姉様なら、私のお友達になってくれるでしょ? 私、頭を下げられるのが大嫌いなの。だって、口では優しげなこと言っても、下でベロ出してるかもしれないじゃない。貴族の令嬢達は、慎ましやかにいつも頭を下げているけど、何を考えているかわからないから嫌なの」


 だからって、二人目の友達を同じく娼婦見習いから作ろうとするのもどうかと思うけど、アンネの目はいたって真面目にカシスを見上げていた。


「……まあ、あたしもかしこまったのは嫌いだから、あんた……アンネローズ様さえよければ、いつものままのが楽だけどさ」

「なら、私のことはアンネと呼んでちょうだい」

「はぁ……、アンネ……様」


 さすがに呼び捨ては敷居が高いらしく、アンネはしょうがないわねとうなづいた。


「そうだ。悠長に自己紹介なんかしている場合じゃなかった。ディタ、いいところに来たわ。ジーク兄様が大変なの」


 アンネは走り寄ってくると、私の腕を掴んで引っ張った。


「大変って? 」

「兄様が結婚させられちゃう」

「させられちゃうって、ジークは合意してないの? 」

「してる訳ないじゃない。知らない間に噂が一人歩きして、結婚話しまで発展してたのよ」

「どういうこと? 」

「ほら、ライラがジーク兄様にキスされたことがあったでしょ? 」

「何だって?! あんなにディタにラブラブだった癖に、他の女にも手をだしたのか! なんて奴だ!」


 そのことはカシスには話していなかったから、カシスは憤慨したように怒りだした。


「ちょっと、違うの。あれは勘違いだったの」

「勘違い? どういうことですの?だって、ディタに手を出せない兄様が、我慢しきれずにライラに手をだしたんじゃないんですか? 」


 そういえば、アンネも私と同じように勘違いしたままだった。私は、ジークがライラの匂いと私を勘違いしてキスしてしまったんだと告げる。


「何ですの? ただの勘違い? というか、粗忽過ぎますわ」

「……ホント。いくら目つぶっててディタの匂いがするからって、確認もせずにキスするとかって、どんだけ余裕がないんだ」

「いや二人とも……。ライラに石鹸をあげたことを言ってなかった私も悪いし」

「でもそう……ただの勘違いが大袈裟なことになってしまいましたね」

「大袈裟って? 」


 アンネはホウッとため息をつき、話し出した。





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