第7話 ジークの思い

 ああ……やっと、やっと、愛しいディタが大人に!!!


 ジークはまさに感無量、誰が見ても整ったその顔をおもいっきりデレつかせ、ガッツポーズで転げ回りたいくらい、幸福に酔いしれていた。


 何せ、生まれて初めて愛した女性は、七歳年下で、知り合ったばかりのときはまだ十歳だった。別に幼女趣味なんかないし、正常な男子としては、そりゃ大人の女性の方が好ましいに決まってる。子供が相手じゃ、手が出せないからだ。いや、まあ、キスはしてしまっているが、十代男子としては、そりゃ我慢したし、頑張った!自分で自分の三年を誉めてやりたい。


 回りに群がる正妃志望の令嬢や、愛妾志望の侍女達には、全くもって興味も湧かなかったし、指一本触れたいとも思わなかった。一メートル以上近寄ってくれるなとさえ思うくらいだ。


 そんなジークではあるが、正常な成人男子としての性欲は持ち合わせているのである。もちろん誰でもいい訳でもないし、手っ取り早くそういう施設で欲だけ吐き出そうなんて思考もこれっぽっちも持ち合わせていない。

 全ての愛情は愛しい黒髪の乙女に。全ての欲情もまた、その乙女にのみ向いていた。


 その愛しい愛しいディタが、待ちわびたこと三年。やっとこの度大人の女性に成長した。その日を国民の祝日にしてもいいくらい、ジークの喜びは多大なものだった。


「ジーク様、これより先は忌避エリアにございます。ご兄妹とはいえ、男性の方の入室はお断りいたしております」

「いや、アンネに会いたいんじゃなくて、僕はディタに……」

「ディタ様もまだ汚れが落ちきっていないからとおっしゃっておられましたが」

「でも、外出できるぐらいにはなってるんだよね? 」

「男性の取り次ぎはしないように承っております」


 見張りの侍女は、頑としてジークを中に入れようとしなかったし、取り次ぎも拒否されてしまった。

 昨日も同じように拒否され、気がついたらディタはすでにミモザの館に帰った後だった。


「僕は温室にいると、ディタに伝えてもらえるかい? 」

「取り次ぎは……」

「伝えるだけだよ。ディタが会いにくる分には構わないだろ? 僕の居場所を伝えるだけでいいんだ」


 皇太子なのだから、偉そうに命令すればいいのだろうが、それをしないのも、ジークらしい一面である。もちろん、ただナヨナヨした弱気な皇太子ではない。威厳のある態度だってとれるし、必要であれば覇気だって纏える。それを示す必要を感じていないだけだった。


 侍女はジークの甘い視線(女性には覇気なんかより十分効果的だ)に逆らうことができず、渋々うなづいた。侍女が伝えたのはディタではなく、アンネだったのだが、ジークは満足して踵を返した。


 裏庭をつっきり、慣れ親しんだ温室に足を向ける。

 ここは、鼻が良いジークにとって憩いの場所であり、唯一深呼吸できる場所だった。ディタに出会うまではだ。

 今は、ディタの髪の毛に顔を埋め、その匂いを肺に大きく吸い込むことこそ至福であり、一番のリラクゼーション効果が得られた。


 出来ることなら、毎日毎時間いつだってそうしていたい。

 ディタを抱き締めて眠れたら、どんなに幸せだろう?


 温室の定位置のベンチに腰掛け、おもいっきり深呼吸する。

 良い香りが肺いっぱい入ってきて、脳内に幸福物質セロトニンが溢れる。しかし、穏やかに落ち着くだけで、ディタから感じるとろけるような至高な感じにはならない。


「ディタ……君に会いたいよ」


 自分とディタの温度差……それはヒシヒシと感じていた。

 普通の少女なら、王子である自分に求婚されれば、否応なくうなずき、蕩けた視線を向けてくることだろう。しかし、蕩けた視線を向けているのはいつだって自分だけで、たまに熱烈なキスをした時などは、好かれてるかも……と思わなくもないが、明らかに熱量が違い過ぎた。

 というか、たまにディタの瞳に浮かぶ愛情以外の感情に気がついているジークだ。

 それは愛情や欲情とは正反対のもので、それがジークの歯止めになっているのは間違いない。子供だから……それもあるのかもしれないが、それより何より、愛しい娘の目に浮かぶ恐れの感情にジークは敏感に反応した。


「甘く……甘く……溶かしてあげたいだけなのに……」


 ジークはポツリとつぶやく。


 怖がらせたい訳じゃない。大好きな大好きなたった一人の存在だから、大事に大切にしたい。大事に大切に抱き締めてそして……。


 ジークはディタを思って目を閉じ、いつの間にか眠りについていた。


 ★★★


 花々の香りに混じって、爽やかなハーブ系の香りを嗅ぎとって、ジークは鼻をひくつかせた。

 この間ディタにもらった新作の石鹸の香り。誰かが側にいるような雰囲気を感じた。

 香りに誘われ、深い眠りから徐々に浅い眠りに移行し、重い瞼を開けようとした。すると、瞼の上にひんやりとした手のひらを感じる。


 目隠し?

 可愛い人。悪戯好きなディタ。


 ジークは瞼の上に置かれた手を引き寄せ、頭を抱え込んで唇を奪う。緊張したように結ばれた唇を食むと、力が抜けたようにジークにもたれかかってきた。

 ジークはサワサワと髪を撫で……、凄い勢いで起き上がった。両目をカッと見開き、目の前にいる少女を見つめ、驚きのあまりに声がでなかった。

 ディタだと思っていた少女は、ディタではなかったからだ。


「すまない! 」

「お謝りにならないでください。私は代わりでも構わないですから。どうぞ、ジーク様のお好きなように」


頬を真っ赤に染め、震える唇で紡ぐ言葉はかすれていた。潤んだ瞳は、熱をはらんでジークから視線を離さなかった。


 見覚えはある。

 アンネ付きの侍女の一人で、ディタと楽しそうに会話していた……名前はライラ!


 ライラの名前を思い出した時、ガサガサと音がして、同じように目を見開いたディタと目があった。

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