第6話 妥協案を探せ

「ディタ、兄様を避けてない? 」

「えっ?! 別に、そんなことはない……けど? 」


 目は泳ぎ、薄っぺらい笑顔を浮かべた私の顔を覗き込んだアンネは、探るような視線を向けてきた。ジークと同じこの紅い瞳に私は弱い。


「嘘! だって、今までは休み時間になると、ジーク兄様に会いに行ったりしてたのに、昨日今日は全く会いに行かないじゃない」

「それは……、アンネが寝っぱなしで暇だろうなと思って……」

「嘘、嘘。私がお昼寝中も、この部屋で本読んでたじゃないの」

「借りた本が面白くてつい……」


 言い訳も空々しい。

 何せ、アンネの言葉は正しいのだから。


「悩みがあるなら相談にのるし。私達、お友達でしょう? それとも、私じゃ頼りなくて話したくない? 」


 綺麗な瞳を潤ませながら見上げられると、とてもじゃないけれど誤魔化しきれる気がしない。


「悩みも何も……」

「あるわよね? 兄様関係の」

「……、ハァ……」


 私はため息とともに降参した。


「た……たいしたことじゃないんです。その……勝手に私が会いづらいだけで、喧嘩とかした訳じゃないし」

「会いづらい理由は? 」


 やっぱり、そこを聞かれる?


 アンネは私の両手をしっかり握り、私をベッドの端に座らせた。


「もしかして……、ディタは兄様と契りたくないとか? 」

「はい?! いや、契るとか……そんな。今は私はウスラと契約中で、私の所有権はウスラにある訳だから、好き勝手は出来ない訳で……」

「じゃあ、ウスラの替わりに婚約者である私が許すわ。どうぞ、兄様と存分に子作りなさって。出来るようになったのだから」


 私はグッと拳を握る。


「やはり、そこがネックなのね?忌む月がきた途端に兄様を避けているようだから、もしやと思っていたんだけれど」


 ジークと同じ年月だけ友達として過ごしているアンネは、ガールズトークの一環として、私とジークの進展状況も知っていた。そして常々、子供であることを盾にとって、ジークに我慢を強いてきたことも。

 子供であるという盾が玉砕し、ジークに会いたがらない私。つまりは、ジークと契ることに抵抗があるという結論に達したようだ。


 そして、それは正解です。


 私は否定しないことで肯定を表した。


「何故? 好き合ってたら自然な行為だと教わったわ。とても、とても気持ちが良い行為なんでしょう? 」


 確かに、お妃教育の中の性教育でも、ミモザとイライザがそれについてはかなり実践的な講義を行っていた。一緒に受けていた私が、妃じゃなくて娼婦の養成講座ですか? とツッコミたくなった程の。

 しかし、彼女らはサラッとしか触れなかった。脱バージンのあの痛さを!


「わ……私は痛がりの怖がりなの。最初は痛いと聞いたし……。その……口が裂けるくらい引っ張った痛みだと、さらに裂けた口に塩を塗り込まれるような痛みだって聞いて」


 アンネの表情が歪む。


「……嘘。誰もそんなこと言わなかったわ。侍女達のお喋りを盗み聞いた時だって、どんなに相手が熱心に求めてきたかとか、あまりの快楽につい腰巻きを外してしまったとか……」


 王女の聞こえる場所で、いったい何の話しをしていることやら。しかも、大半はジークの花嫁志願の筈で、彼女らもなんだかんだ好きに生きているんだと痛感する。

 元から性に弛い世界ではあるようだけど。


「で……でも、痛いのは最初だけでしょ? それさえのりきれば快楽が! 」


 私は沈痛な面持ちで頭を振った。


「だといいんだけど……。体質によっては、快楽が得られなくて、ずっと苦痛を強いられることもあるようよ(昔の……楠木彩であった頃の私のように)」

「……ヒッ」


 アンネは恐怖に顔を歪ませ、握った私の手をより強く握る。


「切り傷にお湯をかけても痛いのに、塩を塗り込むなんて……。しかも、毎回そんなんじゃ、確かにディタが兄様を避けたくなるのもわかるわ」

「わかってくれる?! 」

「えぇ、もちろんよ。でも、私には、ううん、私達には責務もあるのよ」

「えっ? 」

「国王……兄様は時期国王だけど、国王に妃として選ばれたからには、何としても御子を授からなければならないの。その為には、身を裂かれるような痛みにだって耐えてみせなきゃ! 」


 こういうところは、やはり王女様なのだろう。王妃教育凄まじき!私には到底真似できない思考だ。


「まあ、アンネはウスラと婚約してるし、正妃確定だから頑張ってって思うけど、私はそういうんじゃないし、無理してヤりたくないって言うか……。ジークは好きだけど、まだそこまで踏み込みたくないって言うか……」


 逃げ腰の私に、アンネは詰め寄る。


「まだとか言ってる場合じゃなくてよ! 兄様だって、今まではディタが子供たからと我慢なさったんだろうし、三年も良いお年の兄様が我慢なさったんだから、そこは妥協しなくては! それに、兄様の回りには、兄様狙いの女性がウジャウジャいるんですからね。あまり我慢させると、横からお色気たっぷりの侍女に拐われても知らないからね! 」

「妥協……お色気たっぷり……」


 妥協とかの問題じゃなく、トラウマが!!

 楠木彩の記憶が!


 私は大きなため息をつき、立ち上がった。


「ちょっと行ってくる……」

「兄様は温室だと思うわ」


 アンネに笑顔で見送られ、私は重い足取りで部屋を出た。


 Sexするのは絶対に嫌だけど、ジークを他の誰かに取られるのはもっと嫌だ!

 何かしらの妥協案はないものか?

 初体験することなく、ジークも満足できる何か!!


 私が我慢するという妥協案は、できれば究極最後にとっておきたかった。




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