第4話 初潮はめでたい?!

 ジークの甘々攻撃を乗り気って、私は無事にミモザの館に帰宅することができた。

 生理は忌むものとされ、生理中は人に会わないというこの世界の風習に助けられた。生理のことも『忌む月』と呼ぶらしい。

 こんなことなら、姉様方(娼婦の先輩達)の一部が飲んでいる、生理がこなくなる薬を飲んでおけばよかった。まだこないだろうと高を括っていたのが仇になった。


 あの薬は不妊になりやすくなると聞き、使うのを躊躇っていた……ということもある。脱バージンしたくないし、子供なんか絶対につくりたくないと思っているんだから、本当ならバシバシ使っちゃって構わない筈なのに。


 やはりそこは、私が思っている以上にあの残念エロ王子に惚れているからなんだろう。

『絶対に嫌! 無理!! 』と思う反面、『ジークだったら、我慢してもいいんじゃないか……』とか、『一人くらいなら、後継ぎを生んであげてもいいのかな……』とか、気持ちがブレブレなのだ。


 私はおとなしく布団にくるまりながら、ゴタゴタする部屋の中を見回した。とにかく荷物が積み上がり、花束が飾りきれないくらい飾られている。花束の送り主はジークばかりではない。全く知らない貴族などからも花束や贈り物が届いていた。


 何がめでたいんだか……。


 ありがたくないことに、私に初潮がきたことはその日のうちに拡散された。街はお祭り騒ぎになり、トトカルチョのような賭けが流行っているらしい。

 いつ、王子or王女が生まれるか(できるか!! )というもの。時間軸も加わったせいで、かなり確率が低くなり、そのぶん当たると配当金は莫大になると噂されている。


 ジークの甘々ぶりは有名だから、すぐにでも妊娠するんじゃないかっていう説が有力らしく……、それは今おなかにいないと無理だよね? というものまであった。


「ディタ、起きてる? 」


 部屋のノックと共に扉が開き、アンネがひょこっと顔を覗かせた。後ろに数人の侍女を引き連れていたが、みな顔を赤らめているのは……、ここまでくるのに刺激が強すぎたのだろう。


「アンネ?! ここは娼館よ! 」

「知ってるわよ。初めて来たけど、ドキドキしたわ。昼間からみんなおさかんなのね」


 一国の王女がくる場所じゃない。ここは四階。つまり、姉様方の仕事部屋(客とナニする私室。館の二階は全てその為の部屋になっている)を通り抜けないとこれない訳で……。

 一日中嬌声が響いていて、たまに扉を開けっ放しでしている場合もある。暑いからか、通りがかりの客を誘惑する為かわからないけど。


「そういう施設だからね」

「これ、お見舞いね。ライラ、持ってきて」


 アンネの後ろからライラが現れ、私のベッドのサイドテーブルにバスケットを置いた。


「とにかく滋養の良い物を用意させたわ。良薬口に苦しね。味は期待しないで。ということで、こっちは口直しのドロップよ」


 こちらはアンネ直々持ってきたようで、可愛らしく包まれた飴を取り出した。甘味は贅沢品だから、かなり高価だろう。


「ラ……」


 ライラに声をかけようとしたら、ライラはアンネに気がつかれないように口に人差し指を置いた。表情が固く、黙っていて欲しいというのがありありと見てとれた。

 私は言葉を飲み込んだ。

 貴族の令嬢として宮仕えしているのだろう。出自がばれる訳にはいかないのかもしれない。私はライラの事情を察して黙った。

 ライラはホッとしたように表情を弛める。


「私、ミモザに挨拶してくるわ。ライラ、そのバスケットの中身を説明してあげてね」


 相手を呼びつけるのではなく、自分からホイホイ足を運んでしまうところが、アンネの王女らしくないところだろう。

 ジークもかなり気安いし、こちらの王族はみなそうなんだろうか?


 部屋にライラのみを残し、アンネは侍女を引き連れて部屋を出ていった。


「アンネ様にだけは、私がディタと同郷だと伝えてあるの。だから、気を使ってくださったのね」

「そうなの? 」


 全くアンネらしい。

 超絶美貌で、可愛らしくて、気安い性格で、明るくて賢くて、しかも気づかいまでばっちりって、完全無欠な王女様だ。そんな王女に友と呼ばれているなんて……。

 見に余る光栄っていうのは、こういうことをいうに違いない。


「さっきはありがとう。侍女の中でもいろいろあってね、私が貧民出身だとばれると、ロイ公爵様に迷惑がかかるものだから。他の侍女達にはばれたくなかったの」

「大変だね」


 ライラはやんわりとした笑顔を浮かべる。


「年頃の侍女は大抵が愛妾狙いだからしょうがないわ。みな、足の引っ張り合いなの」


 優しいライラにはさぞ辛いことだろう。


「ライラは……大丈夫? 」

「平気よ。私はどちらかというと傍観者的な立場でいるし、ロイ公爵様にせっつかれるのは辛いけれど、ジーク様が誰にも見向きなさらないから、最近はロイ公爵様も諦めムードみたい。誰でもいいから王族の愛妾になれって、方向転換してきたみたい」

「そんな、誰でもいいなんて……」


 ライラは、バスケットの中身を広げながら、それでも私は幸せよと微笑む。きちんと食事が食べれて、折檻されることもなく、暖かいベッドで眠れる。それだけでも、自分の兄弟達の中では一番幸せなんだと言う。ロイ公爵には恩もあるから、公爵の求めることができないのは心苦しくて……とため息を落とす。


 マジいい子!


 自分(楠木彩)がライラくらいの時を思い返すと、恥ずかしくて穴掘って埋めてしまいたい。親の脛かじり放題で、勉強もそこそこにお洒落だ恋愛だと浮かれまくってた。

 ジークは、何だってこんなにいい子が回りにいるのに、私なんかを選んだのかわからない。


「どうしたの? まだお腹痛い?温めた石を貰ってきましょうか? 」


 私が黙り込んでしまったので、ライラが優しく私の髪の毛をかきあげながら顔を覗き込んでくる。


「違うの。もうそこまで痛くないから大丈夫。ライラは偉いなって思って」

「あら、私なんかよりディタのが偉いわ。あんなに小さくて、熱ばっかりだしていた子が、自分の手でカシスと二人の自由を勝ち取ろうとするなんて。私にはできないことだわ。ジーク様がディタを好きになるのがわかる。好きな人に好きだと言って貰えるのは、本当に幸せなことね」


 何となく寂しげな様子のライラは、叶うことのない恋愛でもしているのだろうか?


「そんなこと……。そうだ、ライラにこれをあげるわ」


 私はベッドから飛び下りて、鏡台に入れておいた石鹸を取り出した。本当はジークにあげようと作っていたとっておきの匂いの石鹸だったが、ライラに元気になってほしかった。沢山あるし、一つくらいあげても問題ないだろう。


「凄い……、いい香りね」

「でしょ? ジーク王子の大好きな匂いよ。ジーク王子にもあげようと思って」

「まあ! 私が王子様と同じ香りだなんて滅相もない! 」

「いいから! これで洗えば、いい匂いに包まれて、幸せな気分になれるから。好きな人がいたら、これで洗った後にその人とすれ違ってみてごらんなさいな。花に吸い寄せられる蜂みたいに、引き寄せられること間違いないから」

「……ジーク王子様と同じ……」


 ライラは小さくつぶやくと、素直に石鹸を受け取り、大切そうに胸元にしまう。


 しまえる谷間があって羨ましい限りです。


 ライラはバスケットの中身を一つ一つ説明してくれ、私は試しに漢方のような匂いのする根っこをかじってみた。


「まっず! 」

「生じゃ食べれたものじゃないわよ。煮出して、蜂蜜と混ぜるといいわ」


 ライラが水差しから水をくんでくれ、楽しげに笑う。


「楽しそうだな」


 開いていたドアの所にジークが立っていいた。ライラは慌てて礼をとり、ジークは手を振って楽にするように伝える。


「随分と仲良くなったようじゃないか」

「そう? 」


 昔からの知り合いだとも言えずしらをきる。


「ジーク様、忌む月には男性に会うことはご法度でございますよ」

「顔を見に来ただけだよ」


 ライラはジークを嗜めながらも、一礼して部屋を出ていく。気を使ってくれたのだろう。

 本当はいつでも会える(普通は会えないよね? )ジークなんかより、ライラと話したかったが、そうも言えずに軽くライラに手を振る。アンネ付きの侍女のようだから、いつでも会えるだろうし。


 ジークはすれ違うライラを振り返って見ていた。




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