第3話 ばれたらいけない! いけないのに?!

「えっと……その……」


 非常に気まずい。激しく気まずい。


 背中に汗が吹き出るのを感じながら、私はジークから目をそらした。

 どこから聞かれていたのか?

 ライラの戸惑った表情から推測するに、最後の方だとは思うんだけど、まずいところはばっちり聞かれた気がする。というか、まずいことしか言ってない。


『心配なんかしてないし。 ジーク王子に誰がアプローチしようと私には関係ないし。今は恋人かもしれないけど、恋愛と結婚は別で、私は結婚なんか全然考えてないし。第一、身体の関係だって無理だって思ってるし! 』


 私は自分の言った言葉をリピートしてみる。


 うん、最愛の恋人からこんなこと言われたらひくよね。


 私は嘘は言ってない。本人にも直に結婚は無理とは言ってある。真剣な感じではなく、いつものように甘々なジークが甘えながら『好きだ愛してる、妃になってよ』と繰り返し、私が照れながら『無理』と突っぱねるのが恒例のやりとりになってはいたが、二人の甘い雰囲気の中で聞くのと、第三者となって聞かされるのではかなりダメージが違うのでは?!


 ジークはいつものように華がほころぶような笑顔を浮かべていたが……、目が……目が笑ってなくて怖いです!


愛しいディタが倒れたと聞いたけど」

「……もう大丈夫。お腹を温めたらずいぶん楽になったから」


 私はおなかを押さえつつ、生理がきたことを伝えるべきか悩む。身も心(魂はアラサーだし)も大人になったということは、今までおあずけ状態だったのが解禁になる……せざるを得ない……のか?


 ムムムムムム……。

 言えない。


「私、馬車の手配をしてまいります」


 この場にいたたまれなくなったのか、ライラが小走りに部屋を出ていってしまう。


「ライラ ……」


 二人っきりにしないでと追いすがるが、貧血で数歩も歩けずしゃがみこむ。


「ディタ! 」


 ジークが掛け寄ってきて、私を横抱きに抱き上げる。女の子(頭の中身は三十路ですけどね)憧れのお嫁さん抱っこというものを、正真正銘王子様にしてもらう。

 してもらってるけど、今は違う意味でドキドキしている。顔を赤らめるというより、青ざめている気がする。


「医者を呼ぶよ。アンネはいらないって言ってたけど」

「いらない、いらないの! 」

「満足に歩けないのに?! 」


 ジークの顔からはすっかり笑顔が消え、怒っているように見える。いや、絶対に怒っている。こんなに冷ややかな表情もできたのかと驚きだ。いつもは砂糖に蜂蜜をかけたような甘々でとろけてしまいそうなのに、今はブリザードの中をビキニで立っているくらい寒々しい。


「さっきの聞こえた? 」

「まあ……聞こえたね」

「どこから? 」

「心配なんかしてないし……からかな。なんの心配かはわからないけどね」


 ってことは、ヤバいとこ全部じゃないの。


「傷……ついちゃった? 」


 私はジークの首に手を回し、その紅い瞳を覗き込むと、ジークは自嘲するように微笑んだ。


「別に……。いつも君から言われていることだし……。でも、さすがに侍女にまで言われちゃうと……かな」


 私がジークの頭を抱き寄せると、ジークは私の薄い胸に額をつけた。


「違うのよ。いや、違わないんだけど、心配してないのは、ジークを信じているから。いくら花嫁候補が回りに溢れていても、あっちもこっちも手を出したりしないでしょ? 」

「そりゃ、ダンとは違うからね」


 ダンとはワグナー男爵のことで、国王の弟、ジークの叔父になる人物だ。王位継承権を放棄する為に男爵を名乗っている。王族の癖に貿易で手広く稼いでいたり、商人のような男だ。そして無類の女好き。私も押し倒されたことがある。もちろん未遂に終わったが、ストライクゾーンがやたらと広いダンディーな叔父さんだ。


「そういう意味で、心配してないだからね」

「じゃあ、結婚は? 」

「ウッ……。ほら、身分違いとかあるじゃん。何より、私は一夫多妻制は無理だから」

「身分は別に関係ないよね。愛妾は身分を問われない。僕は論外だけど、性別すら問題にしなかった王もいたくらいだし」


 それはBL的な……?


 一瞬、ジークと美少年のからみのシーンを想像し、鼻の下が伸びる。だって、似合い過ぎなんだもの。腐女子じゃないけど、絵柄が綺麗なのはいただける。


「なんか、不愉快な想像してない? 」

「気のせいよ……気のせい」

「それに、妃はディタだけでいいし。もし君が身分的に正妃になれないと言うのなら、誰か貴族と養子縁組すればいいだけの話しだしね。回りがなんて言おうと、僕は君だけだから」

「そういう訳にはいかないでしょ」


 王になるからには、後継ぎを沢山残す必要がある。それも王の義務らしい。だから一夫多妻だ。現国王だって、正妃一人に八人の愛妾がおり、子供も王子五人に王女が十人もいる。


「別に、ディタが沢山子供を生めば問題はないよ。二年おきに生んだとしても、ディタの若さなら十五人は軽いでしょ。もちろん僕だって誠心誠意協力するし」


 その協力はいりません。

 Sex自体があんなに痛くて苦痛なのに(楠木彩の記憶)、その何百倍も痛い出産をそんなに繰り返せるかっての!


「もちろん、君が大人になってからだけどね」


 ギクッ……。


 まさか、今さっき可能になりましたなんて、言ったらいけないやつだ。

 いきなり孕まされるかもしれない!

 って、安全日だけど。


 脳内でツッコミを入れつつ、ひきつった笑顔をジークにむける。


「で、身体の関係が無理ってのは、もちろんまだ大人になりきってないからだよね? 今まで待ったんだし、いくらだって待つよ。可愛いディタを大切にしたいからね」


 それ以外の理由は認めないと言わんばかりだ。


「それにしても……、今日は珍しく厚着なんだな。それに、これ、アンネの衣服だよね? 」

「いやほら、お腹冷えちゃったから、暖めないとで、アンネが貸してくれたの。腹帯とかまくと暖かいからさ」


 男のジークが、腹帯が生理の当て布を押さえる帯だって知っているかどうかわからなかったが、とりあえずお腹を暖める為に着込んだとアピールする。


「ふーん……。なんか、ディタの香りもちょっと違う……かな? 本当に大丈夫なの? やっぱり医者に見てもらったほうがいい」


 疑うような視線に、冷や汗が吹き出そうになる。


「ほら、もうだいぶいいから下ろして」

「駄目。今日は僕の部屋に泊まるといい」

「ジークの部屋? 何でよ?! 」


 仮にもここは王宮だ。

 部屋は腐る程ある。


「そりゃ、僕達が愛する恋人同士だからさ」


 愛する恋人同士が一つ屋根の下、一つのベッドで寝ることの意味は?!

 一つしかないよね?

 何がなんでも無理〰️ッ!!!

 だって、だって、生理中だよ?! スプラッタになるよ?!

 そんなの……、それでなくても初体験とか無理なのに、トラウマ半端なくなるし、もう、絶対に一生無理になるから!!


「ライラが馬車を呼びに行ってくれてるし……」

「そんな状態で馬車に乗ったら、確実に気分悪くなるだろ」

「ならない! 私、乗り物にはめっぽう強い方なの」

「だとしても、そんなに青い顔をしている君を帰せるものか」


 今、顔面蒼白なのは、全て残念エロ王子であるあなたのせいですから!


「本当に、マジで、今日は帰りたいの」

「だって帰ったら、君は絶対に医者にかからないだろう? 」

「必要ないからよ」

「必要ないようには見えない」

「ねぇ、お願いだから下ろして」


 こんなやりとりをしばらく続けた。

 扉がノックされ、ライラが戻ってきた。ジークにお嫁さん抱っこされている私を見て、ライラは戸惑ったように目をふせる。


「馬車のご用意ができました」

「君からも、このわがままで可愛い人を説得してくれないか? こんなに具合が悪そうなのに、一人で帰ると言うんだ。医者にもかからないと」

「お医者様は……必要ないかと」

「えっ? 」


 ライラはやんわりと微笑んで顔を上げた。


「女性には毎月必ずくるものですし、病気ではなく生理現象ですから」

「ラ……! 」


 私が止めようとしたにも関わらず、ライラは先を続けた。


「ディタ……様も大人になられたんです。おめでたいことですわ」


 めでたくない!

 全くもってめでたくない!!


「それは……つまり……」

「いつでも御世継ぎをお産みになることが可能になったんです。おめでとうございます」


 私は酸欠になる勢いで口をパクパクさせ、なんてことを言うんだとライラを凝視する。

 ライラは悪気がないのは、顔を見ればわかる。 第一、こんなに甘々な王子が、私に手を出していないなど、露にも思っていないのだろう。

 国民からしたら、王子が結婚して世継ぎをもうけることは、国の繁栄に繋がる為、この上ない幸福に違いない。一応、それができる可能性の一番高いとこにいるのが私で……。それがわかるからライラを責めることはできないけど……だけど、何で言っちゃうかな?!


「……ほ……本当に? 」

「いや、違う……違わないけど、そうじゃなくて……」


 ジークは私の身体をギュッと抱き締める。


「もう待たなくていいんだね? 」


 いや、そこは待って!


 とろけるような笑顔を浮かべて、私を抱えたままクルクル回る。そんな私達を微笑ましそうに見つめるライラ。


 どうしよう……。

 尼寺にでも入りたくなってきた。

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