アイドルへの恋① そこそこおかしい恋愛小説

 ……この想いは何なんだろう。

 気づいたら彼を目で追うようになっていた。

 出席番号21番、長澤ながさわ れん

 もしかしたら、私は恋をしているのかもしれない。

 苦しくて、辛くて、でも嬉しくて、自分の想いが相手に理解されないという、そんなもどかしさもあって。自分が嫌われていたらどうしよう、なんて不安もあるけれど、どこか甘酸っぱくて胸がキュッてなる。


 ……これが青春なんだなぁって、心で彼のことを想ってはいても、それを口に出す勇気は全然ない。彼を見るだけでも顔が赤く熱くなる。心臓がいつもよりも忙しく、私の目は彼を見ることができなくなる。彼の姿を目に焼きつけておきたいのに、彼をずっと見つめていると恥ずかしくなってくる。そうしてまた目をそらしても、やっぱり気になる。


 会いたい。彼に毎日会いたい。それが一番幸せなことだから。


 負けずに彼の前で頑張りたい。

 私には勇気がないけれど。

 彼の興味を私に惹かせたい。






「……えーっと!ちょっとよろしいでしょうか長澤さん!」

「ひゃっ、えっ、何、乃木さん……?」


 あっ……出席番号22番、乃木のぎ 三子みつこさんだ。


「私はあなたの好きな人が気に入りませんッ!」

「べ、別に気に入らないなら放っとけばいいじゃん!愛君は……私の……好きな人……だしッ!///// あっ、でも愛君の悪口だけは許さない……!」

「だってあなたの好きな人……!」


 乃木さんは叫んで、私の隣の席に座る〝抱き枕〟を指さす。


「三次元じゃないなんて有り得ないわぁぁぁぁぁ!」


 ……乃木さんは三次元にこだわりすぎる。二次元より三次元派らしい。すごくアホっぽすぎて例え今ここでガキ使が始まったとしても笑える。乃木さんを嘲笑できるならアウトになっても構わない。


「でも愛君はカッコいいじゃん!

 出席番号23番、浜尾はまお 愛弗あいどる君!

 いつも笑顔だけど休憩時間になっても椅子から離れず寡黙なところもすっごくカッコよくて……大好きなんだから……!」

「いーや!分かってないわね!あなたが言った通り彼は全然動かないじゃない!そこはやっぱり三次元よ!動くからこそ一緒にデートしたりキスしたりソーラン節を踊ったりすることができるのよ!」

「で、でもスマホがある!スマホの中での彼はすごく動く!彼は本当に素敵なセリフを私に囁いてくれるの……/////」


 私は乃木さんを「マー!」と言わせる為にスマホを取り出し、アプリを開いた。アイドルの図鑑から愛君をタップする。


『ねぇ……今サッカーボール食ってたろ?ふっ、お前のことを理解できるのは俺だけだぜ、これは二人だけの秘密にしような(ニコッ)』

『ふっ……お前、歯にグリーンピースついてるぞ……?おいで、膝でとってやるから(キラッ)』

『そんな生意気なことを言う口には……俺からのお仕置だ。ファブリーズをかけてやる(シュッ)』


「な……ッ!何でこんなにカッコいいのよ……!」

「二次元を舐めてもらったら……困るなぁ(ニヤァ)」

「くっ!この野郎!三次元が負けるはずないわ!」


 乃木さんは愛君を蹴った。愛君は吹っ飛んでいった。愛君が綿を吐いて苦しんでいる。


「……ッ!テメェふざけんな!私の愛君に!」

「しょ、しょうがないでしょ!最高なのは三次元なんだから!……三次元こそ最高なのに……なのに……」


 乃木さんは涙を流し出した。


「何でこんなに胸が苦しいのよ……」


 私は愛君が描かれた抱き枕を椅子に戻しながら言った。


「……いい加減認めなよ。あなたは愛君のこと、好きになったんでしょ?あのセリフを囁いてもらった時から──」

「……そうよ!そうだわ!私、愛君が好きになっちゃったみたい……尊い!推しが尊い!」


 乃木さんが、震える声で私に言う。


「長澤さん……私、愛君のこと好きだって……認めるわ……!」


「アァ?」

「は?」

「テメェ何で愛君のこと好きになっちゃったんだよ!私だけの愛君でしょぉ!?」


 私は実は同担拒否だった。


「なんだとこの野郎!」

「やんのかこの野郎!」


 私と乃木さんがまた喧嘩をし始めた。それを見て愛君は何を思っているのか。それは分からないけれど。


「二人ともwwwwwwwwwwwやめてwwwwwwwwwwwwwww俺の為にwwwwwwwwwwwwwww争わないでwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 抱き枕が、そんなことを喋った気がした。

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