おかし……い……?恋愛小説
僕は大馬鹿者だ。
逃げてきてもうた。扇風機がぶっ壊れたから。
僕は出席番号12番、
というわけで学校とは逆方向に大逃走☆
……多分扇風機騒動も落ち着いてみんなM組に戻ってるだろうなー。千里眼でなんとなく分かる。
でも僕は違う。みんなとは違う。だって僕はToilet paper(いい発音)。
ばななぱいなぽー☆
道行く人に声をかけては煽るを繰り返し、今五十人くらいの人が後ろ追いかけてきてるけど何とか生きてるよ。
……あれ?あの五十人の中に見覚えのある顔が一人……
……あっ!出席番号13番、
「うおおおおおおん!王子くうううううううん!待ちやがれサワサワサワー!」
「きゃああああ!姫ちゃんじゃん!何で来たんだ!塩昆布ビームすっぞ!」
「だってッ……だってッ……!あれ?名前玉子だっけ?玉子君は私にくれたじゃない!」
「何をだい……?」
「……消しゴムのカスを……ひたすら練った柔らかいやつをよ……!」
姫ちゃん……!
そうだった……僕は君に消しゴムのカスを練ったアレをあげていた……!君はそれを覚えてくれていたんだね……!今ならスプラトゥーン300時間くらい連続でできそぉ!
「私、あれ食べたのよ!すごくおいしかった!もう私の身体の一部となっているわ!」
「そんなに大事にしてくれていたんだ……」
「見て、髪の毛が消しカス」
「わぁ、きれい!」
押し寄せてくる五十人が困惑している。
そして僕と姫ちゃんは逃げた。ただただ逃げていた。手を繋いでどこまでも走った。なんかネチョネチョしてる。確かにM組は楽しいけれど、あんな閉鎖空間にいると気が狂う。扇風機ごと破壊したい。
「玉子サンド様、私はあなたとならどこまでも行けるわ……/////」
頬を赤らめて彼女がそう言うと
──僕は強引に彼女の腕を引き、キスをした。
何だか──微かに違和感を覚えたが
まだまだ逃げなきゃ、そう言って再び走り出した。
***
というわけでとにかく逃げて、今ブラジルにいまーす☆
……いや、違う。
ここはブラジルじゃない。徒歩でブラジルに行くだなんて馬鹿らしい。
何でこんなこと言ったんだ?
……あれ?
「君島君……」
「久田さん……」
「私達、今まで何してたんだっけ……?」
「1年M組って……よく考えたらおかしいよね。M組、なんて。そんな数のクラスあるわけないよね……」
「M組のMはmadのM……」
違和感が完全に形を成した。急に震えが僕を襲った。今まであんなに正気を疑うクラスにいただなんて。あの中に僕が混ざっていた?信じられない。馬鹿らしい。
空想上の物語?いいや、違う。
正真正銘の、現実だった。
泣きそうになった。恐怖しか感じなかった。でも久田さんを心配させてしまうから堪えた。
逃げなきゃ。あのクラスから逃げなきゃ。なるべく遠く離れたところで、誰かに助けを求めなきゃ。
「……君島君!逃げよう!」
……そして、恐ろしい気配を感じた。
あの吐き気を催すような、ずっと感じていた気持ち。でも、そんなのも無視できるほど狂っていた頃の気持ち。思いきり目眩がする。
……その刹那、何もしていないのに久田さんが倒れた。僕達は困惑のあまり繋いでいた手すら離していた。そしてその手は何も触っていなかった。それなのに、久田さんは倒れた。あっけなく、抵抗もなかった。
けれども、僕は捉えた。〝彼〟が久田さんを触った瞬間を、ほんの一瞬だけ。危険を察し、足が震えていたけれど、僕は咄嗟に後ろに跳び下がった。
「あぁ、避けられちゃった」
「ぅ……ぁ……」
「……え?」
「ま、いいや。片方は仕留めなくても」
「……うわあああああああああああああッ!?」
短く、それでも誰もが振り向いて確かめるような綺麗なホワイトヘアー。無邪気で男性とは思えない柔らかい声。でも、どこか人間とはかけ離れたような異質な雰囲気も兼ね揃えている。……間違いない。
「せんせぇ……ッ!」
「まさか扇風機が壊れた程度で逃げ出す生徒がいるなんて。まー、これも狂っているからこその行動だからねぇ……僕のせいになっちゃうのかなー?」
その人物は今の惨状を見つめ、黒い瞳を輝かせている。正気になって初めて分かった。恐らく彼は人間ではない。
久田さんは……外傷も何もなく、死因の特定は難しい。ただ唯一分かっているのは、先生によって触れられただけで殺されかけていること。でもまだ生きてはいるようで、微かに消えそうな声を発する。
「……君島君……」
「久田さ……ッ」
「逃げちゃ……ダメ……先生に……従わなきゃ……ッ」
……逃げちゃダメ。逃げられない?逃げられないのか?おいおい、これじゃあ、僕があのクラスに来た理由と一緒だ。
……今、思い出した。僕はあのクラスで現実逃避がしたかったんだ。こんなキラキラネームのせいで、学校でいじめを受けて、親にも愛されなくて、何もかもが嫌になって。
分かってた……『かまってちゃん』だの『病みアピール』だの、メンヘラが世界に疎まれていることは分かってたんだ……。
でも病まずにはいられなかった……。
誰にも相談できずにいたんだ。相談するのが一番怖かったから。どれだけ相談への道が用意されていても、僕にはそこを歩く勇気は到底なかった。
……自殺に導いたのは周りの環境だ。意味もなく自殺する馬鹿なんていない。そうやって自分にとって正しく、他人にとって間違っていることを盾に生きた。
全部全部吐き出したい。ネットにでも吐き出したい。でも疎まれてしまう。
……だからあのクラスに来たんだ。
出席番号1番、秋岡さん。
彼女は女子トイレで陰湿ないじめを受けていた。だから無意識だけれど、女子トイレを破壊したんだ。……人間一人の力でトイレが壊れるなんて馬鹿げているけど。
出席番号2番、秋本君。
彼は親に愛されなかった。だからこのクラスでも時々、『こんな世界なんていらねぇ』って本音を吐いたり、『役立たずが、晩飯は抜きだ』なんて親が言っていたことを無意識で言っている。それをあのインコが覚えてたんだっけ……。
出席番号5番、五十嵐君。
彼は告白した相手に『汚らしい』『お前になんか興味ねーから』なんて悲惨な言葉を浴びせられフラれたんだ。だから恋が苦手で、たまに浮気をするらしい。でも、あそこはそんなことどうでもいいクラスだ。
出席番号6番、宇佐見さん。
彼女は酷いいじめを受けていた。『環境汚染の最大の原因』だとか『宇宙一のクズ』だとか罵られていた。未だに彼女がその言葉を口にしては、狂気に揉み消され消えていく。
出席番号7番、遠藤さん。
彼女は命令されてないことをよく一人で背負いすぎて、かなり疲れていた。それが原因で病んだのだろうか。あのクラスに来てからも謎の体操ばかりしていた。
出席番号8番、岡田さん。出席番号9番、岡本君。
二人とも、素の性格があまりにも個性的すぎて気味悪がられていたんだ。だから岡田さんはコミュ障という設定であまり喋らずに生き、岡本君は普通の人として取り繕っていた。……たまに素が出てしまっても、あんな狂った世界なら関係ない。
出席番号10番、加藤君。
彼は何かもを否定されまくっていた。そして、ゲームにしか縋ることができなくなったんだ。だから今でも何か自分の意見を否定されるとゲームに逃げていたんだ。『何で俺が否定されなきゃいけないんだ』って本音も吐き散らしていた。
「……そうだ……僕達はみんな、メンヘラだったんだ……」
「そうだよ、今更思い出したの?と、言いたいところだけど……狂わせてそんなことすらも忘れさせた、これまた僕のせいだね」
……何で。
何で先生はこんなクラスなんか作ったんだろう。
「……僕がただ自分の好きでやっているだけだから、別に僕のやり方は否定しても結構だけど」
「……ッ?」
「何もかもが嫌になって病んで、自暴自棄になっている人は、驚くほど何も考えていないって思うんだよね。これをしたら相手がどう思うか、これをしたら相手に対して恥ではないのか。そんなことも考えられないほどに自分を追い込み、見境も容赦もなくネットの海に自分の本音を吐き、そうして落ち着いた頃に海を汚したことに気がついて、自分への怒りを覚えるほどに後悔する」
……もしかしたら僕もそうだったのだろうか。クラスに入る前の自分の生活を思い返す。
「もちろん病んでいる人達を完全に否定するなんてことしないけど……でも汚してしまってからでは遅いよ。このクラスのメンバーには被害者もいるが、中には加害者へと成り下がってしまった奴らもいる。僕はそんな奴らが……ッ、本当は憎くて憎くて仕方がないよ……!」
「……」
「でも僕なりの優しさだ。……世の中はもう狂っていないとダメになってしまった。物事を正確に判断できる奴ほど挫折してどん底へ突き落とされていく。真面目な奴ほど妬まれて下へ下へ蹴り落とされていく。どれだけ辛いことがあり罵詈雑言を浴びせられても挫けずに立ち上がることができる、最早狂人……そんな奴こそが生き残れるはずなんだよ。むしろそれに加えて少し興奮できる程度がちょうどいいレベルのはずなんだよ。癪に障りまくるようなことで溢れかえっている世の中ならね……!」
……もしかしたら、僕は誰かに迷惑をかけていたのかもしれない。
「それでも、狂いすぎたら逆に見苦しくなってしまう。ほどほどに、他人に迷惑をかけないように……だから同志がたくさんいるM組が最適な場所なのさ。僕だって誰かに迷惑かけたくてM組作ったわけじゃないし、催眠で基本他クラスへの影響は最低限に抑えてるからね」
「……」
「……ここで逃げたら他人におかしい奴扱いされるよ。病んでいる人間であることを疎まれるよりも、君は1年M組の生徒になってしまったから……。それに、あのクラスは大抵親がいないか親に愛されなかったか親がすすんでM組に預けてきた奴らばかり。君もそうだ。だから逃げ場がない。それでもどれだけ逃げ場を作っても、結局は代償が伴ってくる。僕、君がM組に入る際に訊いたよね?……『覚悟はある?』って」
そうだ。
いじめられて何も分からなくなって、ネットで他人に喚き散らして、気づいたら自分のせいでみんなが傷ついていて、どうしようもなくて。
『罪が償えるなら自分を見失うほどの狂気に苛まれてもいい』
そんな覚悟があってあのクラスに入ったんだ。
なら、その覚悟を……
「……踏みにじりません」
「おっ?」
「僕はM組に戻ります……久田さんの覚悟も背負って戻ります……」
「……いい子だね、でも少しだけ悪い子」
……えっ?
「久田は覚悟を捨てた。さっき『逃げよう』ってはっきり言ったのが何よりの証拠。せっかく逃げ場を作ってやったのにあんな態度をとっちゃって……そんな責任感の欠片もないまま使い古されて捨てられたゴミなんて背負っても何にもならないよ」
……先生はそれ以上喋らなかった。久田さんの遺体を置いて行ってしまった。僕もあんなことを言われた直後だから、久田さんを置いて先生を追って行ってしまった。
影が伸びる。夕焼けに染まる世界が、少しだけぼやけた。先生の髪が輝いている。でも、薄暗い。目眩が僕を次第に襲う。
……またこれから狂った生活が始まる。
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