第10話 嵐の海で

 ララティナは、クックからの連絡後、部屋でじっとしていた。


『シュバルツ、どう思う? さっきの話』

『どうだろうな、我も検討がつかん。そもそも、そういうのは魔女の分野ではないのか』

『うーん、私も聞いたことないんだよね』

『まあ、船員はわかっているのなら、いいのではないか?』

『けど、さっきから、変に静かなんだよね』


 クックは、騒がしくなると言っていたが、逆に静かになった印象がある。


『見にいってみようか……』

『危険だと言いたいところだが、ここにいるのも安全かはわからんか……』


 外の様子がわからない以上、ここにいていいのかもわからない。そう思ったララティナとシュバルツは、外に出てみることにした。


「よし」


 ララティナが、そっとドアを開けると、周囲には、誰もいなかった。そして、周囲がやけに寒かった。


『誰もいないね……』

『気をつけろ、何か変だ……』

『寒い……』


 ゆっくりと歩いていく。先程まで、結構な人数がいたはずだが、人っ子一人いなかった。

 静かな中、たった一つだけ音が聞こえた。それは、水滴のように、ぽたぽたという音だった。


『水が落ちる音?』

『そのようだな』


 とりあえず、ララティナは甲板に向かうことにした。道中するのは、水滴の音だけで、それがなんとも不気味だった。


『ここが、甲板のドアだね……』

『ふむ、少し開けて覗き込んでみよう』


 ララティナは、慎重にドアを開け、隙間を作った。そして、そこから、甲板を覗いてみた。


「……っ」


 そして、思わず声にならない声を上げた。甲板には、魚の顔をした水色の人型の生物が、三体いた。

 それだけではない。そこには、全身が氷り、動けなくなっている船員がいたのだ。


『何……あれ……?』

『わからんが、これで、静かな原因がわかったな』


 船員は、半魚人達に氷漬けにされたのだろう。そう考えたララティナだったが、それならば、氷った船員がいたはずだ。


「シャ、ファイ」

「ヂ、フィパ」


 半魚人達の声が聞こえる。聞いたことのない言語で、意思疎通しているらしい。

 半魚人は氷った船員を、両脇から、抱えていた。そして、ララティナの方へ、運んできたのだった。


『まずい……』

『ララティナ、マントを使え』


 指示通り、マントで身を隠す。魔女のマントは、透明マント、被ればその身を隠すことができる。


「シャ、ファイ」

「ヂ、フィパ」


 半魚人達が、傍を通り抜けた。


『つけた方がいいよね』

『……ああ、そうだな』


 その後を、静かについていった。

 半魚人達の行き先は、倉庫だった。半魚人達は、そこに入ると、船員を置いて、出てきた。


『入ってみるね』

『うむ……』


 倉庫に入ってみることにした。


「あ、ああ……」


 倉庫の光景に、ララティナは驚愕することになった。

 倉庫には、無数の氷った船員が保管されていた。それぞれ、氷った時の表情のまま動かなかった。


『ララティナ、大丈夫か?』

『うん、でも、保管してあるってことは、まだ生きてるってことだよね、きっと』


 気休めかもしれないが、そう思うことにした。


「グシャアアアアアア!」

「えっ?」


 その時、倉庫の外から大きな声が聞こえた。

 その声は、半魚人のものと似ていると、ララティナは、感じた。

 急いで、外に出ると、真っ二つに裂かれた半魚人の死体二つが転がっていた。

 それだけではなかった。半魚人達を切り裂いた人物がそこに立っていた。

 ララティナに背を向けていたので、透明マントを脱ぎ、声をかける。


「ゲンジさん……」

「ああん……何だ、嬢ちゃんか、無事で何よりだ」


 ゲンジは、この寒い中、上半身裸であり、手には斧を持っている。その体は、鍛え抜かれており、無数の傷跡があった。


「少々、まずいことになった。申し訳ねえが、助力を申し込んでもいいか?」

「えっ? それって」

「嬢ちゃんが、魔女に類するものなのは、わかってる」

「どうして、それを?」

「ほう、本当にそうなのか」


 ゲンジはニヤリと笑い、ララティナを見つめた。どうやら、かまをかけただけらしい。


「なら、話は早ええな。この騒動の原因を叩きたいんだが」

「……わかりました。力を貸しましょう」


 よくわからないが、話に乗った方が早そうだったので、ララティナは了承した。


「シュバルツ!」


 そう言い、ペンダントを掲げると、シュバルツが現れた。


「それが嬢ちゃんの、使い魔か……」

「いかにも、シュバルツだ」

「ゲンジさん、よく知っていますね」

「魔女とは付き合いが長くてな」


 そんな話をしていると、奥の方から、クックが駆けて来た。


「船長ー! て? ええー! 鎧ー!」

「うるさいぞ、クック」

「クックさん、無事だったんですね」

「あー! ララティナちゃん! 部屋に行ったらいないから、心配したよー」

「すみません、心配をかけて」


 クックは、ララティナとシュバルツを交互に見てから、頷いた。


「なるほど、ララティナちゃんは、魔女だったということか」

「クックさんも、知っているんですね」

「だって、そりゃあ……」


 クックは、何か喋りかけたが、ゲンジの顔を見た後、話すのをやめた。


「細かいことはどうでもいいが、報告をしろ」

「ええ、どうやら、船員は氷漬けのようですね。不甲斐ないですが、仕方ありません。半魚人は、全部で七体だと思います」

「今、二匹、葬ったところだ。ここに来るまでにも、三匹殺した」

「おお、流石ですね。自分も一体、倒したんで、残り二体っすね」


 クックは、槍を携えていた。槍の先端には、血のようなものが、付着していた。


「甲板に三体いて、その二体が氷った船員を運んでいたので、最後の一体は甲板にいると思います」

「よし、なら、甲板に出るぞ!」


 ゲンジの言葉で、三人は甲板を目指すことにした。


「半魚人どもの親玉は、外にいやがる」

「親玉って、なんなんですか?」

「恐らくは、クラーケンだ」

「クラーケン?」

「説明は、省くが、要はイカの化け物だ」


 道中、ゲンジとクックが現状の説明をしてくれた。


「クラーケンは、この船を異空間に取り込んだんだよ」

「異空間って、どうして?」

「海の王の復活のための生贄が、欲しかったんだと思うよ」


 ララティナが驚いた。海の王の話が、ここまで長引くとは思っていなかった。


「引き込まれたのが、うちの船でよかったよ。戦える船でなきゃ、大惨事だ」

「けっ! 船員どもが鈍ってたせいで、手間が増えちまったからなあ、この船も大惨事だろうよ」


 そんな話をしていると、甲板のドアが見えてきた。


「おらあ!」


 ゲンジがドアを、勢いよく蹴り開けた。


「シャ、ファイ」


 半魚人がこちらに気づき、声をあげる。


「こいつは、我に任せろ!」


 ドアから出るなり、シュバルツが言った。シュバルツは勢いそのままに、半魚人目がけて、駆けだした。


「ヂ! フィパ?」


 半魚人の首に、ラリアットが入った。叫びとともに、半魚人は膝をついた。


「ハアアアッ!」


 シュバルツは、虚空から、漆黒の剣を出し、半魚人を貫いた。


「シャ…………ファ……イ……」


 その体から、力が抜けて、やがて動かなくなった。


「ほう、やるじゃねえか」

「ええ、すごいですね、使い魔は……」


 二人からは、称賛の言葉が、シュバルツにかけられてた。


「クラーケンも、すぐに半魚人が死んだことに勘づくだろうぜ」


 ゲンジは、海の方へ目を向けた。ララティナも、それに続いて海を見る。


「あっちにクラーケンが、いるんですか?」

「ああ、来るぜ!」


 その言葉通り、海が揺れた。

 そして、そこから、巨大な生物が現れた。


「これが……クラーケン……」


 ララティナは、その姿に目を疑うことになった。

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