第9話 出港

「うーん、朝か……」

「ララティナ、起きたか。ならば、すぐに準備しろ」


 ララティナが、起きると、シュバルツが声をかけてきた。

 現在、ララティナはタルブの町に滞在しているのだが、先日とある手がかりを掴み、ディヴランへ渡ることになっていた。

 タルブで友人となったクーナから、クーナの伯父の船に乗せてもらえることを昨日伝えられた。

 今日は、その船に乗せてもらえる日だ。朝早く起き、港に向かわなければならない。


「ララティナ、しっかりと目を覚ませ、早くしなければ間に合わんぞ」

「わかってるよ、もう、シュバルツは心配性なんだから」


 今は、部屋で二人っきりのため、シュバルツは声を出している。


「我に心配をさせるほど、貴様がマイペースなのだ。もっと、自覚するのだ」

「はーい」


 適当に返事をしながら、ララティナは準備を進めた。





 港にララティナが着くと、すでにクーナが待っていた。


「あれ?」

『ほう……』


 クーナの隣には、初老の男性がいた。その男性は、ララティナ達も見覚えがあった。


「ああん?」


 向こうもこちらに気づいたようだ。


「誰かと思えば、いつかの嬢ちゃんか」


 初老の男性は、ララティナが最初にクーナに会った時、クーナに注意していた男性だった。


「あれ? 言ってませんでしたか?」

「クーナ、お前な……」


 クーナは、笑顔で迎えてくれた。


「あの、おはようございます。ララティナといいます。今日は……」

「ああ、いい、いい。事情は聞いてるからよ。堅苦しい挨拶とかはよせ」


 ララティナが挨拶しようとすると、初老の男性はそれを遮った。


「伯父さんは、細かいことを気にしない人ですから」

「そういうことだ。俺はゲンジという。よろしくな、嬢ちゃん」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「まあ、すぐに出発するから、別れでも済ましときな」


 そう言うと、ゲンジは二人の元から去っていた。


「伯父さんは、ああいう人なので……」

「あはは、でも、気楽でいいかも」


 残された二人は、互いに見つめ合った。


「ララティナさん、頑張ってください。私、応援してますから」

「クーナさん、何から何までお世話になりました」

「いえ、私の方こそお世話になりました」


 クーナの目には、涙が滲んでいた。それに釣られ、ララティナも泣きそうになる。

 ララティナは、クーナを抱きしめた。


「クーナさん、お元気で」

「ララティナさんも、お元気で、それから」

『むっ……』

『シュバルツさんも』

『心得た』


 それだけ言って、体を離す。そして、急いで、船に乗り込む。

 船に乗ると、ゲンジがいた。


「ゲンジさん」

「甲板に上がりな」

「はい、よろしくお願いします」


 ゲンジは、ララティナの考えを読んでいたようで、すぐに、甲板の元に案内してくれた。

 甲板に上がると、クーナが見えた。手を振ると、振り返してくれた。


「そろそろ、出るぜ」


 ゲンジが、言うと、その通りに船が動き始めた。

 ララティナが手を振り続けていると、クーナが叫んだ。


「ララティナさん!」

「ク―ナさん?」

「また! いつでも! 遊びに! 来てくださーい!」


 その言葉に、ララティナも大きな声で、答える。


「はい! 必ず!」


 それから、港が見えなくなるまで、ララティナは、甲板を離れなかった。


「嬢ちゃん、ありがとな」


 港が見えなくなった時、ゲンジが呟いた。


「えっ? なんですか?」

「クーナの奴は、内気でな。嬢ちゃんみたいな友達は、少なかったのさ」

「クーナさんが……」

「まあ、離れちまう訳だが、また、あいつの所に遊びに行ってやってくれ」


 ゲンジは、かなり嬉しそうに、そう語った。





 甲板から離れれたララティナを案内してくれたのは、船員のクックだった。

 クックは、ララティナを部屋に案内しんがら、話しかけてきた。


「いやあ、ララティナちゃん、ごめんね。ここさ、貨物船だからさ、あんまりいい部屋は、ないんだよね」

「いえいえ、乗せてもらえるだけで、ありがたいです」

「いや、そんな。やっぱりいい子だね。君みたいな子なら、大歓迎だよ」

「はい、ありがとうございます」


 部屋に案内される際、周囲の人々を見渡した。屈強な男達が、働いていた。


「ああ、怖そうなお兄さん達で、ごめんね。けど、一応はいい奴らだよ」

「あ、いえ、そんなことは」


 そんな会話をしていると、周囲からクックを睨みつける視線が多数あった。


「いや、ごめんって」

「ふふ、皆さん、仲が良いんですね」


 ララティナが、そう言うと、皆、笑顔になっていた。


「よおし、ここが、ララティナちゃんの部屋だよ。ゆっくりしててよ」

「はい、色々とありがとうございます」

「いやいや、あ、そういえば、船長のあんな顔、初めて見たよ」

「そうなんですか?」

「うん、いつもは鬼みたいな人なのにさ。女の子には、甘いんだなあって」


 部屋に案内されたが、クックは、まだ話していた。どうやら、この話がしたくて、しょうがなかったらしい。


「あの人、怖い顔してるのに。姪っ子のクーナちゃんとかには、甘いんだから」

「悪かったなあ、クック……」


 そんなことを言っていると、クックの後ろから、声が聞こえた。


「えあ? 船長……どうしてここに?」

「お前が、中々、帰って来ないから、見に来てやったんだ」

「俺は、何も言ってませんよ。ね、ララティナちゃん」

「えっ?」


 話を振られると、思っていなかったララティナは、思わず硬直してしまった。


「すまんな、嬢ちゃん。こいつの軽口は、いつものことなんだ。ちょっと、連れてくぜ」


 そのまま、クックは引きづられていった。


『なんだか、大変そうだね』

『まあ、無事に船に乗れて、何よりだ』


 ララティナが、シュバルツに話しかけると、気楽に応答が返ってくる。


『うーん、とりあえず、一眠りするかな』

『寒くしないように、気をつけるのだぞ』


 いよいよ、シュバルツが優しくなりすぎているのではないかと、ララティナは思うのだった。





「うーん、朝ではないね」

『ララティナ、起きたか? 外を見てみろ』

『うん? ちょっと待ってね』


 シュバルツに言われ、部屋の窓を見てみると、かなり荒れていた。


『うわ! すごい荒れている』

『ああ、かなり揺れているが、気分は問題ないか?』

『うん、酔い止めの薬飲んだから、大丈夫だよ』


 しばらくシュバルツと会話していると、ドアを叩く音が聞こえた。


「ララティナちゃん、いいかな?」


 ドアを開けると、クックがいた。


「クックさん、どうかしたんですか?」

「ああ、ララティナちゃん、ちょっとまずいことになってね。しばらく、騒がしくなると思うけど、ごめんね」

「何か……あったんですか?」


 ララティナが聞くと、クックが神妙な顔で語り始めた。


「ララティナちゃんは、海の王の話を知っているのかな?」

「海の王? すみません、聞いたことないです」

「そっか、なら、端的に話すよ。この大いなる海は、かつて一体の王が支配していたのさ」

「海を支配……?」

「その王は、無数の部下を持ち、陸をも海にしようと目論んでいた。その王は、超古代に封印されたんだけど、その部下達は、放たれたままなんだ」

「それが一体……?」


 話しの全容が見えてこないため、ララティナは困惑していた。海の王と、今の嵐が何か関係あるのか、わからなかった。


「この嵐の原因は、その部下によるものなんだよ」

「えっ? ちょっと待ってください。理解が、追いつかないんですけど」

「うん、まあ、そうだよね。聞き流してくれていいよ。つまり、普通の嵐じゃないってことだけ、理解してくれるといい」


 それだけ言って、クックは去っていった。残されたララティナは、今の話を理解するのに必死だった。

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