第8話 雷鳴剣
「何度やっても同じこと」
シュバルツも、再び両腕を交差させる。同じ結果になるとララティナも思っていた。しかし、雷竜が剣を振るうと、まったく違う事象が起こった。
雷鳴剣は、その名のように、鳴り響き、雷を纏い、シュバルツへと、襲いかかったのだ。
「ぐっ……!」
シュバルツから、呻き声が放たれた。
「チッ!まだ、浅かったか」
雷竜は舌打ちしながら、飛び退き、距離をとった。シュバルツの腕には少し、ひびが入っていた。
「シュバルツ!大丈夫!?」
「二人のことを言っていられないな」
「えっ?」
「我自身が油断するとは」
心配するララティナに、シュバルツは自戒の言葉で返した。口調は穏やかだったため、動揺はしていないと、ララティナはとりあえず、安心した。
「中々に固い体のようだ。しかし」
雷竜は、シュバルツの体を見つめながら、呟き始めた。
「先程から、防御ばかりだな」
「……」
「いや、攻撃できない理由があるのか?」
「……何が言いたい?」
雷竜は、愉快そうに笑った。人を馬鹿にするような、邪悪な笑みだった。
「この体を心配しているのか?魔物のお前が。だとしたら、滑稽だな!」
その指摘は正しかった。事実、シュバルツは、ヴァイスの体を傷つけるわけにはいかなかった。
「シュバルツ……」
「ララティナよ、何も言うな。すぐに片付けてやる」
「ううん、そうじゃない」
ララティナが、不安になっていると思ったシュバルツだったが、その予想は外れていた。
「……何をしている?」
ララティナ杖を持ちながら、シュバルツの後ろに立っていた。
「私も戦う」
「なっ!」
出てきた言葉に、シュバルツは驚いた。
「何を言っている?」
「シュバルツ、端的に言うよ」
「……何だ?」
「あれの本体は、恐らく剣に宿ってる」
「何をしているかは知らんが……」
魔女と使い魔の相談を、雷竜の声が遮った。雷竜は、剣を構え、
「その話を待つ道理は、ない!」
三度目の攻撃へと移った。
雷鳴剣には雷が宿り、シュバルツ目がけ、一直線、二回目の攻防の再現が行われようと、していた。
「私が、ヴァイスさんの体を、無力化する。もちろん、傷つけずに。そのために、少しだけ、動きを止めて欲しい」
「……了解した。来るぞ!」
シュバルツの態勢は、先程までとは、異なった。腕を下した、一見すると防御を捨てた態勢だ。
「もらった!」
雷竜も当然そう思った。そのため、シュバルツの肩に狙いを定め、剣を振るった。
剣と雷により、シュバルツの肩に、剣が食い込んだ。しかし、その判断は間違いであったと雷竜は、思った。
なぜなら、それ以上剣は進まなかったからだ。それもそのはず、シュバルツの体は全身が鋼鉄、腕も首も変わらない。先程と、結果は変わらない。
無防備に思われたシュバルツの防御は、強固であったといえる。
雷竜はすぐに、剣を引こうとした。しかし、シュバルツが、それを許さなかった。
「ふん!」
シュバルツは、剣が当たると同時に、手を伸ばしていた。こちらの狙いは、中腹部。ただし、攻撃ではなく、拘束だ。
シュバルツが押さえたことで、飛び退こうとした雷竜は、飛べず、その場に留まった。
「今!」
ララティナの声と同時に、地面から、光の鎖が飛び出した。
「バインド!」
鎖は、雷竜の体に巻き付いた。
「クッ!」
雷竜は、振り払おうとしたが、地面からどんどんと飛び出す鎖に、対処が追い付かなかった。
遂には、雷竜は縛られ、体を動かすことができなくなっていた。
「元の体なら……こんな物」
「口だけは、よく動くようだな」
シュバルツは、剣から体を離し、態勢を整えた。
「ふん、しかし、お前たちはこの体を傷つけられない。このような時間稼ぎは無駄だ!」
「我の狙いは、ヴァイスの体ではない」
シュバルツが、剣を指さすと、雷竜の表情が、変化した。
「それが……ど、どうした!」
強がっていたが、動揺は明らかだった。
「終わらせようか」
シュバルツは剣を掴み、力を入れる。少しづつ、剣にひびが入っていく。
「ク……ソ……」
金属音とともに、剣が砕けた。剣身がこぼれ落ちると同時に、雷竜の体から力が抜けた。
そこから、紫色の煙のようなものが噴き出した。
「人間……め」
煙から声が響く。
「何だ、あれは」
「あの邪気が、雷竜だと思う!」
「だが、あれでは手を出せんぞ」
「大丈夫」
ララティナが、杖を向けると、そこから光が発せられた。その瞬間、煙は跡形もなく、消え去った。
「これで終わりか?呆気ないものだな」
「そこまで強い邪気ではなかったみたい。長い封印で弱っていたみたい」
◇
「んっ……」
「あ、起きました?」
ヴァイスは目覚めると、まず、自分を看病してくれていたであろうクーナの姿に気づいた。
「起きましたか?ヴァイスさん。何というか……その」
「いい」
クーナが言葉を探していると、ヴァイスがそれを遮った。
「迷惑をかけたな」
「覚えているんですか?」
「ああ、信じられんがな」
「わかります。私もそうでしたから」
「ララティナは?」
「あそこです」
クーナが指さした方を見ると、ララティナが剣が刺さっていた場所を調べていた。こちらの視線に気づいたのか、近づいて来た。
「ヴァイスさん、具合はどうですか?」
「ああ、問題無い。……すまなかったな」
「いえいえ、無事でよかったです」
ララティナは、すぐに、状況を理解した。記憶にあったのなら、隠してもしょうがない。
ララティナは身の上をヴァイスに伝えることにした。
全て話した後、ヴァイスは口を開いた。
「……一つ、お前に伝えたいことがある」
「え、何ですか?」
「タルブの西にティヴランという町がある。その町で、お前と同じくらいの年の少女が、魔女の試練と言っていたのを耳にした」
「えっ……?」
「その時は、何とも思っていなかったが、今の話でわかった。そいつは、奇妙な男と一緒だったしな」
「……ありがとうございます。それは手がかりになると思います」
「そうか、よかった」
二人の話が終わったのを見計らって、クーナが、話しかけた。
「あの、どうしますか?ヴァイスさんが大丈夫なら、そろそろ町に帰りたいんですけど」
「ああ、俺なら大丈夫だ。出発しよう」
三人は、立ち上がり、下山を始めた。
◇
タルブに戻って来くると、ヴァイスは何かを思い出したらしく、口を開いた。
「報酬を忘れていたな。二人とも、いくら欲しい?」
「「えっ!」」
その言葉に、二人は声を合わせて驚いた。
「どうした?」
「いえ、報酬なんて」
「考えてませんでした。というか、クーナさんはともかく、私は勝手に付いて行っただけですし」
「私もいりませんよ」
二人からひどく拒否されたため、ヴァイスもそれ以上は言及しなかった。
「そうか、ま、まあ何はともあれ、世話になった。また、どこかで会うかもしれんが、これでお別れだ」
「あ、はいお元気で」
「私は、タルブにいますから、この町に来たら、図書館に来てください。大抵、そこにいますから」
「ああ、達者でな」
そう言って、ヴァイスは去っていた。
そこには、ララティナとクーナが残った。
「クーナさん、あのですね」
「はい、わかってます。ララティナさん、タルブを出るんですよね」
「はい、ディヴランに向かおうと思っています」
「それじゃあ、もうすぐお別れですね」
しばらくの沈黙の後、クーナが口を開いた。
「私の伯父さんが、ディヴランとタルブの間を、貨物船で行き来しているんです」
「えっ?」
「それにララティナさんが乗せてもらえるように、頼んでおきます」
「いいんですか?」
「はい、多分大丈夫だと思います」
思わぬ提案に、ララティナは喜んだ。
「何から何まで、ありがとうございます」
「いえ、私からしたら、恩を返しきれないって思うくらいですから」
「そんな……」
「今日、帰って確認しますから、また明日、お昼にあのお店に集合しましょう」
「はい!」
そんな会話をして、ララティナはクーナと別れた。
クーナとの別れは悲しいが、試練が自分の今やるべきことだ。それの手がかりを逃す訳にはいかないと、ララティナは思った。
『ララティナよ、いいか?』
『何?』
色々と考えるララティナに、シュバルツが、話しかけてきた。
『一つ疑問だったのだが、なぜ雷竜は、ヴァイスの体に移ったのだろうか?』
『えっ?』
『体を乗っ取るなら、もっと早くできたはずではないか。他にもあの剣に触れた者はいたのだろう?』
『確かに……』
『……まあ、些細なことだな』
その疑問は考えても、答えが出なかったため、この話題は止めになった。
『変なことを言ってしまったな。今日はゆっくりと休め』
『ふふ、シュバルツって』
『何だ?』
『何でもないよ』
そんな会話をしながら、宿へと向かうのだった。
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