第7話 タルブの山

 一日後、ララティナとクーナは昨日の店に向かっていた。歩いて行くと、既にヴァイスが待っていた。


「何だ?お前も着いてくるのか?」


 ヴァイスは、ララティナを見てそう言った。護衛対象が増えたと感じているのかもしれない。


「はい、えーとですね」

「まあいい。行くぞ」


 ララティナが言い訳を考えようとしていたが、ヴァイスはあまり気にしていないようだった。

  

「それじゃあ、東門から出て、道になりに歩いて行きましょう」


 三人は歩き始めた。タルブの町から出て、街道を進んで行くと、タルブ山の麓についた。


「ここからが、タルブ山です。山としては、大した高さではないです。一応は道は整っているはずです」

「なるほど、ならここからは、獣が出る可能性があるな。俺が先頭を行こう」


 その言葉通り、ヴァイスを先頭に山道を歩き始める。ララティナは、クーナの横に並ぶと、その手を握った。


「えっ?」


 突然の行動に、クーナが声を上げた。


『驚かないで、聞いてください』

「へっ?」

『これは、念話といって、頭の中で会話する方法です』


 クーナの頭の中に、ララティナの声が響いた。


「どうした?……何してるんだ?」


 声に反応したヴァイスが、後ろを見て、なぜか手を繋いでいる二人に、怪訝な目を向けてくる。


「いえ、外は怖いですから。手を繋いで安心感を得ようと思いまして」

「……そうか。まあ、好きにすればいい」


 ヴァイスは再び、前を向き、歩き始めた。


『クーナさん。会話できますか?』

『……こうですか?』

『いい感じです』

『あの、どうして手を?』

『えっと、念話にあたって、魔力をコントロールするために』

『とにかく必要なんですね』


 クーナは、聞いてみたものの、理解できそうにないので、諦めた。


『けど、どうして念話を?』

『ああ、魔法的な話をしようと思ったのと、私が一回試してみたかったからです』

『そうだったんですか。けど、何だか面白いですね』


 未知の体験に、クーナは少し楽しくなってきていた。


『それで、魔法的な話ってなんですか?』

『あ、はい。道中なんですけど、獣除けの魔法をかけたので、安全だと思うっていうのを伝えておきたくて』

『そうだったんですか、それは安心できますね』

『だが、一応は用心しておけ』

『えっ?』


 急に、低い声がしたため、クーナが驚いた。しかし、これが聞き覚えのある声だと、すぐに理解した。


『シュバルツにも繋げておけました』

『あ、よろしくお願いします』

『ああ、よろしく頼む。それで、さっきの話だが、いかなる場合も心構えは、忘れるな。あの男が、かなり警戒しているが、それでも危険はある』


 シュバルツの言葉で、二人はヴァイスの方を見た。確かに、周りに目を向けているように、思える。


『あの男、口だけではなさそうだ。かなり技術を磨いているように思える』

『そうなんだ。わかるものなんだね』


 そうこう会話している内に、山頂が見えてきた。思ったよりも低い山だったことに、ヴァイスとララティナは、驚いた。


「本当に大した山ではなかったか」

「そうですね。あんまり疲れてないです」

「まあ、獣が出なかったからだと思いますよ」


 山頂は開けた空間であり、周りは草木に囲まれていた。

 山頂の中央を見ると、確かに噂通り剣が刺さっていた。


「あれが例の剣か?」

「はい、そうだと思います。といっても、私も見るのは初めてですが」

「普通の剣に見えますね」


 剣は何の変哲もないように思えた。武器屋で売られているそこそこの剣、といった感じだった。

 

「この剣、雷鳴剣と呼ばれているんですよ」

「雷鳴剣ですか?」

「はい、よく雷がここに落ちるので、そう呼ばれているんです」

「そんなことはどうでもいい。あの剣を抜かせてもらう」


 そう言うと、ヴァイスは剣に近寄った。


「あ、ヴァイスさん。その剣を抜くのは、難しいと思います」

「何?」

「力自慢の方が試したらしいですけど、びくともしなかったそうです」

「そうなのか?だが、試してみんことにはわからんだろう」


 クーナの言葉を聞いても、ヴァイスの意思は変わらなかった。そのまま、剣に手を伸ばそうとする。


「!」


 その瞬間、ララティナに、衝撃が走った。ヴァイスが手を伸ばした時、雷鳴剣から、何か邪悪な気を感じたのだ。


「待って!」

「ん?」

「え?」


 ララティナが静止したが、すでに遅かった。ヴァイスは剣に触れていた。


「ぐ……」

「ヴァイスさん!」

「ぐああああああ!」


 剣を握ったヴァイスから、叫び声が上がった。さらに、剣の柄から光が伸び、握った手を包み込んだ。

 

「くっ!」


 一瞬、ヴァイスの体から力が抜けた。しかし、すぐに持ち治ると、ゆっくりと地面から剣を引き抜いた。


「フ、フハハハハハ!」

「きゃあ!?」

「クーナさん!下がって!」


 ヴァイスは高笑いを上げた後、二人目がけて、飛びかかってきた。

 ララティナはクーナの前に、出て、ペンダントを掲げる。


「シュバルツ!」


 その声に反応するように、ペンダントから光が放たれる。

 ヴァイスと二人の間に、黒い巨体が現れた。


「ほう!」

 

 少し、驚いたような素振りを見せたヴァイスは、その勢いのまま、シュバルツに剣を振るった。

 シュバルツも、その攻撃を予測していたのか、両腕を交差させ、防御態勢をとった。

 二つがぶつかり、辺りに大きな金属音が響いた。


「何!」

「その程度か……?」


 ヴァイスの刃が通ることはなく、シュバルツの鋼鉄の体に、受け止められていた。


「クッ!」


 ヴァイスは即座にその場から、飛び退いて距離を取った。

 その後、観察するようにシュバルツ、ララティナの順に、目をやった。

 そして、ゆっくりと口を開き、


「魔女と使い魔か」


と、呟いた。


「そういう貴様は、何者だ?」

「えっ!」

「ララティナよ、こいつはヴァイスではない。何かが体を乗っ取っているようだ」


 シュバルツの問いかけに、ヴァイスは口の端を歪めながら、答えた。


「いかにも……我が名は雷竜……かつて、忌々しき人間に封じ込められた竜である!」

「竜だと!」


 雷竜と名乗ったヴァイスは、剣を下に向けながら、言葉を続けた。


「我が肉体は、既に、大地の一部となった。故に、この男の肉体を媒介に、目覚めさせてもらった!」


 ララティナは、地面を見た。


「まさか、この山は……?」

「そんな……」


 クーナもそれに続いて、地面を見た後、二人は顔を見合わせた。


「そうだ、お前たちが踏みにじんでいる大地こそ、我が元の肉体だ!」


 雷竜は、一呼吸置いてから、さらに喋り始めた。


「だが、そんなことは些細なことだ。我ら竜は、その本能に従いて、宝を奪い、人を喰らう、そこに理由は必要ない!」


 右腕の剣を大きく掲げ、


「まず、お前たちから喰らおうぞ!」


再び、シュバルツ目がけ、飛びかかった。

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