第5話 シュバルツの力
数秒後、開けた場所に出た。周りに明かりはなく、暗かった。出た場所が空中だったらしく、二人の体は落下した。
しかし、衝撃はそこまでなかった。地面に柔らかい物が敷き詰められており、衝撃を吸収してくれたらしい。
「んっ!」
少しずつ、目が慣れていき、ララティナは、周囲の状況を理解した。
地面に敷き詰められていたのは、植物だった。巨大な蔦が地面を埋めており、これが、衝撃から守ってくれたのだろう。
「クーナさん!」
次にクーナが目に入った。どうやら、落下する際、手を放してしまったらしい。
「ラ、ララティナさん!」
クーナの腕には、未だ蔦が巻き付いていた。それはこの地面から伸びているものだった。
「くっ!」
クーナの腕への締め付けが強くなり、苦悶の声が上がった。このままでは、その腕が潰されてしまうだろう。
『シュバルツ、ごめん。あれを、どうにかして!』
『良いのか?我が出ても?』
『非常事態だもん、ばれるとかは後!』
ララティナが、ペンダントを掲げると、そこから光が発せられ、黒い騎士が現れる。
「えっ!」
目の前に、漆黒の巨体が現れたことにクーナは驚いたが、
「動くな!」
というシュバルツの一声に怯え、体が硬直していた。
シュバルツはクーナに巻き付く蔦を掴み、力づくで引き千切った。
呆気にとられたクーナだったが、目の前の巨体に救われたことは理解できたため、
「あ、ありがとうございます?」
と、一応お礼を述べた。
「礼ならララティナに言え、我はその命令に従ったに過ぎん」
「ララティナさん……貴女は一体……?」
シュバルツの言葉を受け、クーナはララティナに目を向ける。
「クーナさん、ごめんなさい。私、見習い魔女なんです」
「ま、魔女?」
「はい、秘密にしなくちゃいけなかったので、今まで、曖昧なことしか言えなかったんです。私が状況を理解していたのは、そのためなんです」
ララティナは、素直に話そうと思った。隠していてもしょうがない。魔女の規則からは外れるが、こんな状況だ、今は不安要素を取り払うべきだ。
クーナは、しばらく思案した後、
「わかりました。だけど、ララティナさんが何者でもいいです。私を助けてくれました。それでいいんです」
「クーナさん……」
「ここがどこかわかりませんが、出口を探さないといけませんね」
そう言ったクーナは、辺りを見渡した。
ララティナは嬉しかった。そう言ってもらえ、安心できた。
「クーナさん、待ってください」
ララティナは、懐から杖を取り出し、それを掲げた。杖の先端から光が飛び出し、周囲を光が包んだ。
「すごい……」
「これで周囲の様子がわかります」
「あ、ララティナさん、そういえば、こちらの方は……?」
明るくなったことによって、改めて、シュバルツを目にしたクーナは疑問を問いかける。
「こっちは、シュバルツ、私の使い魔なんだ。頼りになる使い魔さんだよ」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
「ああ」
自己紹介も終わったので、出口の探索をする。辺りは蔦に溢れており、他には何もなかった。
しかし、しばらく、歩いてみたところ、あるものが見つかった。
「うっ!これは」
「そんな……」
死体だった。恐らく、行方不明となった兵士であろう。死体には、所々締め付けたような跡があり、蔦によって、絞め殺されたと思われる。
「ん、あれは……?」
さらに、そこから、少し離れた場所に、何かがあるのがわかった。赤い物体だった。
「遠くに何かあるようです。行ってみましょう」
ララティナの一声で、近づいてみることにする。
近づいていく内に、その物体が何なのか理解できた。
花だった。その花は赤く美しいと思える色であったが、普通でないことはすぐにわかった。
その花はとても巨大であった。それは、シュバルツよりも大きく、無数の蔦を周りに生やしていた。地面の蔦もあれから伸びているのだろうか。
「何なのでしょう、あれは」
「多分、魔性植物だと思います」
「魔性植物?」
「魔女が植物などを改造して作った、生物兵器とも呼べるでしょうか」
ララティナは思案する。ここまでの状況から、推測できることを。
「恐らく、魔女はあの生物を作った後、危険だと判断して、この本に封印したんだと思います」
「封印ですか?」
「はい、魔女の本はそういうことに使いやすいんです。だけど、封印が弱まったんだと思います。本に封印されていたということは、何度も開かれたことが原因じゃないかと思うんです」
推測に対して、クーナは納得できた。前の持ち主は、もう読んでない本のため、寄付してくれた。つまり、図書館で多くの人々が読んだため、封印が解けたのだろう。
「あれが事件を起こしたのなら、まずい!」
赤い花に、どのような感覚があるかは知らないが、こちらに気付いたらしい。周りの蔦が、数本、獲物を見据えるように蠢いている。
絶望的だと思った。地面は奴の蔦で溢れている。それが襲ってきたら、対処しきれないだろう。
そう思ったが、地面の蔦は動かない。どうやら、蔦同士が絡まって、自由に動かないようだ。
「貴様ら、下がれ!」
シュバルツの言葉で、二人が行動しようとする前に、二本の蔦がこちら目掛けて飛んできた。蔦の先にはクーナがいた。
「きゃあ!」
クーナは怯えて、屈んだが、蔦がクーナに届くことはなかった。
「シュバルツ!」
シュバルツが、クーナの盾となり、代わりに蔦を受け止めたのだ。
蔦はシュバルツの、両の腕に絡み、締め付けた。
しかし、シュバルツは微動だにしなかった。その鋼鉄の体には、赤い花の強き力も、まったく通用しないらしい。
その隙に、ララティナは、クーナを連れて、安全そうな場所まで下がっていた。
「シュバルツ、お願い」
「ああ」
シュバルツが蔦を握り、大きく力を入れると、蔦は握り潰され、残骸が腕から零れ落ちた。
赤い花は、痛みに苦しんでいるのかわからないが、動揺しているように思えた。
周囲の蔦が揺れ動き、シュバルツに狙いを定める。今度は、無数の蔦が飛んできた。
「ふん!」
シュバルツが虚空に手を伸ばすと、突如その手に、漆黒の大剣が握られていた。
「はあっ!」
飛んできた蔦に対して、剣を振るい、どんどんと切り落としていく。無数の蔦は、どれも届くことなく、零れ落ちていった。
「す、すごい」
「シュバルツ、頑張って!」
クーナは感嘆していた。シュバルツの防御力、剣さばき、どれを取っても一流だ。このような魔物を従えているララティナとは、一体何者なのか。疑問は絶えない。
シュバルツは、迫り来る蔦を薙ぎ払いながら、ゆっくりと赤い花に歩み寄っていく。
無数にあった蔦は見る影もなくなり、動かせる蔦は数本しか残っていなかった。
「ふん」
シュバルツは、赤い花の目の前まで来ると、大剣を地面に刺し、花の両脇に手を添えた。
「植物というのは、根がある限り蘇るというが、貴様はどうだろうな」
そして、力を入れて、花を地面から引き抜き、上へと一気に投げ放った。花の根が露わになる。
「念には念を入れて、根まで刻んでやろう」
シュバルツは、剣を引き抜き、落ちてくる植物に合わせて、何度も剣を振るう。植物の花や、茎や、根が切り刻まれる。
植物が、地面に落ちた時には、その原型は残っていなかった。
◇
「シュバルツ!」
「ん?」
シュバルツが、佇んでいると、ララティナとクーナが駆けてきた。
「大丈夫だった?怪我してない?」
「問題ない」
「そっか、良かった。シュバルツって、すっごく強いんだね」
そんな会話をしていると、クーナがゆっくりと口を開いた。
「あの、赤い花を倒したのはいいんですけど、出口はまだわかっていません。探した方がいいんじゃないかと、思うんですけど」
クーナの言葉にララティナも、思い出した。事態はまだ、解決してはいないのだった。
「そうだった、出口を探さないと!」
「いや、その必要はなさそうだ」
「えっ!?」
周囲を見渡すと、世界が揺れている。ひび割れ、崩れ落ち、崩壊していく。
「だ、大丈夫ですかね。このまま、私達も一緒に……」
「はい、多分大丈夫だと思います。この世界の崩壊は、封印の解除を意味します。中にいたものは、解放されます」
光が周囲を包んだ後、三人は図書館の一角に立っていた。
◇
「終わったようだな」
と言い、シュバルツはペンダントに戻っていた。ララティナはクーナの前に立ち、
「クーナさん、すみません。色々と」
と、呟き、頭を下げた。
「ど、どうして謝るんですか?むしろ、私は、ララティナさんとシュバルツさんに感謝していますよ」
クーナは困惑してしまったが、ララティナにとっては、重要な事だった。
「私が、もっとしっかりとしていれば、クーナさんを、危険な目に合わせたりすることなく、解決できたはずなのに」
「……」
クーナは少し考えた後、話始めた。
「そんなことないですよ。ララティナさんのおかげで、事件は解決したんです。胸を張ってください」
「クーナさん」
「……私はきっと一人でも、あの本を調べていました。そうなってたら、私はどうなっていたか。ありがとうございます。私は貴方達のおかげで、助かりました」
その言葉が、ララティナにとって、とても嬉しかったということは、言うまでもない。
◇
事件が解決したため、ララティナは宿に戻ることにした。今日は、色々と疲れた。調査はまた明日からでいいだろう。
一つ幸運なことに、クーナが協力してくれることとなった。知られてしまったため、色々と話したら、クーナが持っている本を、持って来ると言ってもらえた。
『それにしても、解決してよかったよ。いいこともあったし』
『いいこと?クーナが協力すると言ったことか?』
シュバルツの疑問に、ララティナは微笑んだ。
『うん、それもあるけど、シュバルツがいい人だってわかったから』
『今日の事なら、契約に従って、貴様を守ったに過ぎん。それだけだ』
あくまで、否定するシュバルツ。しかし、ララティナは確信していた。
『違うよ。だって今日、シュバルツは、クーナさんのことも守っていたよね。契約っていうなら、私しか守る必要はないもん』
『!』
その言葉に思わず、困惑してしまったシュバルツの態度は、ララティナの言い分が正しいものであることを裏付けた。
『これからも、よろしくね。優しい、優しい、私の使い魔さん』
『まったく、貴様には敵わんな』
ララティナとシュバルツの旅は、これからも続く。
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