第11話 ヴィ―テ

 セルゲイは、廊下で待機していたナディアに一言伝え、


「ンじゃあな」


 やる気の感じない丸まった後ろ姿が、のんびりとした足取りで遠ざかっていく。

 角で曲がりセルゲイの姿が見えなくなったところで、アルベルトが、

 

「それでは、また」

「フッ、暁闇ぎょうあんの静寂に我が道化となろう!

(訳:またな!)」


 竜也は、身体からだをねじり、右肘を胴の中心へ、そのまま、それらしく軽く開いた右手で、顔を覆う。

 そして、左腕は肘を下にして緩く伸ばし、開いた手の甲をアルベルトの方へと向けた。

 その場で思いた、構えるのもキツいポーズを竜也はとった。

 

 クスッと笑ったアルベルトの、頼りある背中を残る三人は見送る。

 するとナディアは、ニッと口角を上げて、両の手のひらを軽快な音と共に合わし傾け、


「それでは、竜也様、可憐様、案内いたしますね!

 皇帝陛下のお待ちするお部屋まで!」


  ♢


 一際大きな、豪華な装飾のされた扉をナディアが軽く叩く。

 コンコンッ、コンコンッ。

 

「なな何事じゃ!」

 

 虚を突かれ、驚きを隠せていない少女の声。


「竜也様がたをお連れしました!」


 え、な、少しそこで待っておれ! と、部屋から小さく、激しく駆け回る音がする。



「……入るがよい」

「失礼します!」


 ナディアは扉の取っ手部分に触れた。

 重鈍に扉は開く。

 

 そこには、竜也の部屋より一回り二回りもの部屋が広がっていた。

 その奥の窓際では、小さきシルエットが仁王立ちしている。


「ごほン……えー」


 わざとらしく、ゆっくりと歩み、シルエットが徐々に剥がされていく。


 襟に赤いリボンが付いた肩紐の、黒いワンピースを着た少女。

 水色のシャツが胸元からはみ出ていた。


 寝癖の取れていない髪と、精一杯の貫禄を貼りつけた顔を、少女は竜也たちに向けて、


「して何用じゃ。

 ――いや、まあよい。まずはそこに座れ」


 見るからにフカフカのソファへと促されるまま、竜也と可憐は座る。

 

 ナディアはいつの間にやら、テーブルに飲み物を並べていた。

 竜也にコーヒー、可憐にハーブティー、皇帝さまにはオレンジジュース。

 ……え、オレンジ……


「なぜこれを出すのじゃ!」

「え? 先日にこれがお好きだと、このような面会の場でも出すようにと、寝起きに仰られてましたよ?」

「――あ……そうじゃったな……。 

 そうじゃったよ…………余のバカもん……」


 余の威厳が……、と、ウルカが頭を抱える素振りをしても、ナディアの顔には?が浮かぶだけ。

 可憐は、その光景のある一点、ウルカの方を血眼で見つめていた。

 少しばかり鼻息が荒くなっていることには触れないでおこう、竜也は表情を取り繕い、コーヒーをすする。

 無糖、ミルクなし。正真正銘のブラック。

 竜也はそのコップに広がる漆黒を眺め、

 ……くくく、我を理解するか。やるな、ナディアよ。

 口に溜まった苦みを我慢しながら、奥へと押しやり喉を潤す。

 そして、


「我を摩天楼へといざないしは貴様が寵愛せし使徒であった。

(訳:セルゲイさんがここでする事があると言ってたよ?)」 

「え? ……あ。

 ――ほう。

 どうせ面倒になって、諸々を余に丸投げしたのじゃろうて。

 あやつ、後で如何様いかようにしてくれようかのう」


 小さな口からため息が漏れる。


「――そうじゃな、昨日はああゆったが、あの話の続きなんぞ、今、余が語らずとも良いことじゃ。

 ……面倒になったわい」


 ウルカはあくびをする。

 ん〰〰〰、と身体を伸ばす少女に目を固定しながら、可憐が口を開く。


「えー、この世界の歴史でしょ? ボク気になるなぁ」

「――お主、真面目に聴いておったか? 余の話を」


 ウルカは、オレンジジュースの入ったグラスに口をつけ、ゴクゴク喉を波打たせる。

 空になったグラスをテーブルに置きなおし、


「――理由を付け加えてもう一度話すとじゃな……。

 異種族を統べよ、と言ったはいいが、このまま放り出せば、一日とかからずお主らは野垂れ死ぬだろうて。

 今日を含めた三日間で、ここ、帝国を拠点にしつつ、この世界で生きる術を最低限、身に付けてもらおうと余は思うた次第じゃ」


 故に、


「今、余が語らずとも時間はたんまりあるというわけじゃな。

 それに、じゃ。今は他に、ちと確認したい事があってな」


 よっこらしょ、と、身体から聞こえてくるかのように、ウルカは立ち上がった。

 彼女の後ろに置かれた大きな木目調の棚。

 そこで「確かこの辺に……」と呟き、中を漁る。


「――――あっ! これじゃこれ!」


 と、テーブルに置いたのは、


「人の目に見えぬヴィ―テを数値化する、これはそういう機器でな。

 まあ、簡単に、ではあるんじゃが。

 ――これはこれで、なかなか使えてのう。

 ほれ、使おうてみ」


 右手を置け、と言わんばかりの明らかな、手の表示が印された直方体の機器。

 人差し指部分を置く箇所が上に出っ張り、そこに開けられた穴は、指を挿しこめるようになっていた。


 手をかたどったその印に合わせるように、竜也が手を置いてみる。


 ブンッ。


 機器の真上、空中に画面が突如現れる。

 

 無から有を投影する技術は、昨日から散々見せられてきた。

 今更、驚くことでもない。

 額に汗を浮かばせる竜也は、

 ……それよりも……

 と、現れた画面の情報に目を向ける。

 そこには日本語で、



【ヴィ―テ測定値】

 最高(推定) : 9956

    通常   : 6089

 最低(推定) : 2892



 と表示されていた。

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