第10話 ルピテス

『――指定された害獣ルピテスの構築、完了』


 何もなかったはずの場に、巨大な物体が出現した。


『――戦闘訓練ヴィンセラの実行、待機中』

 

 だがそれに対して、心臓を凍らせるは竜也と可憐のみ。

 さて、とセルゲイがだるそうに口を開き、


「あのでけぇのが、さっき音声がゆってたろ。ルピテスっつうやつだ」


 

 待機中のためか、博物館にでも飾られている展示物のような、停止しているそれは一匹の生命体。

 ゲームで似たようなモンスターを見たことがある、と竜也は理解する。

 四本足の、蜥蜴トカゲにもワニにも竜にも似た緑色の巨体。

 逆立つ鱗のとげとげしさが硬さを物語っていた。


「それでは、後の事、宜しくお願い――」 

「おいおい、待てや、アルト」


 立ち去ろうとしたアルベルトをおっさんが制止する。


「おめぇが相手してみろよ」

「はぁ、このルピテス、本来は200人規模の中隊で対処するはずですが?」


 ははは、と笑いだしたおっさんに、

 ……なに笑ってんだよ、無理難題ってやつじゃん。

 可憐なんてルピテスとやらを見てから微動だにしていないぞ、と竜也は心配になる。


「冗談言える余裕あんじゃねぇか。

 おめぇが一人で大隊規模の独立部隊を名乗れる理由を、忘れたわけじゃねぇよな」


 忘れていませんよ、と、アルベルトは困った顔に愛想笑いを浮かべ、戦闘態勢に入る。

 さて、と、セルゲイがアルベルトを指さして、


「こいつから人間族と異種族については聞いたらしいなぁ。

 だがなぁ、他にルピテスっつう害獣や害虫が存在してんだわ。

 本来はこっちの方が問題でなぁ」


 そして、


「それを駆除すんのも俺らの役目。

 んで、ここはその訓練所みたいなもんっつうわけ」


『――戦闘訓練ヴィンセラ、開始』


 同時、巨体から雄たけびが鳴り響く。

 アルベルトが巨体を見つめながら、


「じゃあ、分かりやすくするから、ちゃんと見といてね、竜也、可憐」


  ♢


 アルベルトは腰に携えた剣を抜く。

 

 剣を握る右手は、斜め下後方。

 左足を前へ、身を低く重心を前に――


戦闘補助アルマ・エクスティオン起動」


 呟くと、軍服を飾る金色の線が淡く光り出す。

 

 巨体が、その鋭い眼光をギョロつかせる。

 まだ自分を捉えてはいないのだろう、とアルベルトは瞬時に推察する。

 ならば、

 ……まずは……。

 地を全力で蹴り前方へ。

 後方に突風の砂嵐が荒れ狂う。

 

 人の領域を超えた速さ。

 一直線に駆ける。


 巨体まで約百メートルもあった距離は、ものの二、三秒で詰める。

 巨体の顔先、柄を握る手に力が入る。

 

 剣先を空へ。


 叩き切る――

 

 ガキンッ。

 

 鈍い金属音。

 剣に、腕を後方へと持ってかれる。

 

 ……体勢が――ッ!

 だが想定内・・・、と、肩の力を抜く。

 慣性を利用し剣先を下へと送るためだ。

 

 振り上げる。

 

 思う直後、周りに影。

 ……上か――!

 ルピテスが、赤く鋭い鉤爪かぎつめを振り下ろす。


 それは一瞬。


 思考する時間などない。

 直感。

 通りやすくなった前方、ルピテス真下を潜るように、軽く跳ぶ。

 

 爪は空を切り、勢い殺さず大地を揺らす。


 自身の敵を見失い叫び、鈍器のような尻尾を振り回すルピテス。


「邪魔だね」


 剣先を空へと掲げ、一歩前へ。

 

 そして、

 脚に力を入れる。

 

 尾の根を捉え――


剣身強化グラダ・エクスティオン起動」


 直後、胴体から尾が落ちる。

 振り下ろされた剣身には数本、光の筋が走っていた。


 巨体が激しく暴れ出す。

 軽く一蹴り。

 その重そうな身体を素早く退避させ、アルベルトと距離を置く。


 にらみ合い。

 

 口を大きく、鋭い牙をむき出しに――威嚇。

 空気が、大地が、震え、肌がピリつく。


 そして――静寂。


 巨体がチータ走りで自身に突進してくる。


「結構、魅せられたかな。

 ――そろそろ、終わりにしよう」


 剣身を鞘に納める。

 だが柄は握ったまま。

 

 片足を一歩前へ。

 重心を低く、前へ。

 

 呟く。


武器第二解放ディオ・エクスティオンの申請」

『――受諾』


 剣から女性の声。

 すると鞘に何本もの黄色い線が、口から末端へ、徐々に光を放つ。


 巨体が一気に距離を詰めるべく――跳躍。


 それでも、アルベルトは動かない。


 巨体が、その太く筋肉質な腕を振りかざし、四本の爪による一撃――


「――神剣寵煌ディエス・レガディウス


 周囲が白く、眩く光る。



 巨体に、頭から尾へと走る一閃。


 それは空中で二つに分かれ、後方で地震となった。

 

 アルベルトは、風でコートを羽ばたかせ、元いた場所から数十メートル前方で立っている。

 下ろされた腕の先、一本の剣が、


『――熱許容超過、待機状態に移行』


 剣身は、赤々と、大気がゆがむ程の熱を発していた。


  ♢


「いい運動になったよ」


 そう余裕な顔の爽やか剣士は、どうだった? と竜也たちに問う。

 だが竜也が最初に思ったのは、

 ……どっちだよ。

 ルピテスとやらのことか、アルベルトのことか、どっちも驚愕ものだったからだ。

 可憐など、戦闘が始まっても終わっても停止したままだ。

 とりあえず、


「ククク、無謬むびゅうにして蓋世がいせい、同胞が血潮の躍る様なり。

(訳:やばいじゃん)」

「ははは、なんつったか分からんが、驚いてるっつうことだけはわかる」


 と、おっさんが陽気に応え、話を続ける。


害獣ルピテスにも種類があってな。

 さっきのは幻竜種の一つ。んで名はレヴィンティア」


 竜也は残骸があるはずの場所を見たが、もう綺麗になっていた。

 実体は実体でも、投影されたものだから、終われば消える。

 先ほどから気になっているもの、あのカッコいい装備は何だ、とアルベルトの腰の方へと目をやる竜也。

 気づくアルベルトが、


「これは、帝国が開発した神壽しんじゅ武装と呼ばれるものでね。

 ヴィ―テを動力に、様々な強化を行ってくれているよ」


 例えば……、と言ったところで話を止める。

 途中で説明する役割を取られ、拗ねるおっさんにゆずるためか。


「――坊主、胸元の金属バッチに触れてみな。

 嬢ちゃんは、そうだな……これでも使いな」


 正気を取り戻していた可憐に、おっさんは近くに立て掛けてあった練習用の剣を手渡す。

 竜也がバッチに触れると、


『――ヴィ―テの認証、開始。

 ――成功』


 脳内・・で再生される。


『――接続開始』


 頭に、軽く電気が流れる感覚。


『――成功』


 おっさんが、アルベルトをあごで指し、


「こいつぁ分かりやすくする為に音声認識にしてたが、基本は脳内で完結するからなぁ。

 ……つうわけだ。以上」


 ……テキトーだなぁ。

 随分と簡単に説明するものだ、と竜也は呆れる反面、これ以上の説明は不要だとも思う。

 接続時に様々な装備の情報が流れてきたからだ。

 今からそれらを試せばいい、と竜也のやる気は、


「以上つっただろ、以上。終了。終わりだ。

 続きは午後からやれ。

 おめぇらは今から他にやることあんだよ」

 

 と続くおっさんの台詞がくじく。

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