第9話 闘技場
この世界にとって戦争とは、突発的に始まる神々の娯楽のようなもの。
異種族間でのみ、その神事が起こるというわけではない。
異なる国に所属している同族に対しても、起こり得る。
しかし、
どの戦争でも、種族が、国が、この世から完全に消えてしまう一線を、超えてしまうことはなかった。
必ず復興は可能。それも比較的に短期間で、だ。
……生易しい。
そのように形容するモノが現れるかもしれない。
戦争が終わるのもまた、突発的だった。
♢
だがある時から、帝国に一つの話が広まる。
その代からの皇帝は、狂ったように戦力増強に力を入れるようになった。
急激な技術の発達。
世界観が、時代が取り残されてしまう程に。
そしてついに、
今から約5年前、当時の皇帝ウルカの父は、急に、とある一つの種族を殲滅対象に定めた。
その種族は確かに、強大な特性を内包している。
それでも、種族全体がとても温厚な性格のため、争いとは無縁の生活を送っていた。
なのに、だ。
帝国は全戦力を以って実行した。
多大な兵、資源、そして先代皇帝の死を代償に、結果、一つの種族の滅亡へと至らしめることになる。
その種族の名は、
「――
そして……そこから世界がおかしくなり始めたのじゃ」
その名だけは、自身が言うべきなのだと、自責の念が激しく迫る。
一瞬の静寂が流れ、うむ、と、
「もう遅い時間であったな。一先ず、ここで終わりにしようかのう。
詳しい内容はまた、生身での相対時に」
後のことは誰に任せようか、とウルカは思考する。
やはり順当にいけばアルト。
……セルゲイの方がいいかもしれんのう。
ただの直感ではない。
「セルゲイ、こやつらの事、一旦お前さんに任せよう。
故にアルトや、明日にでも引継ぎ、頼んだのじゃ」
最前列の「はいよー」と、最後列の「はっ!」を確認する。
「クク、黙示録に記されし聖域にて
(訳:じゃあ、また明日)」
竜也の言葉に、うむうむ、とウルカは答え、
「では解散」
パンッと手を叩く。
それを合図に、淡い光を纏う全ての人影が消失した。
その場には、三人のみになった。
♢
ホログラム。可憐の頭に浮かんだ単語だ。
……それにしては触れ合ってたような……。
あまりにも実体だった。だが、そういうのもあるのだろう、と深く考えるのを止めた。
……発展し過ぎた技術はもはや魔法である、てね。
「――さ、着いてきて。君たちの部屋に案内するよ」
アルベルトの良く通る声が、広い空間に鳴り響いた。
♢
日が昇り始める頃。
竜也の寝室に、一人の女性がドアから顔を覗かせる。
「竜也様ぁ、朝ですよ。起きてください」
通路から、部屋へと光が差し込んでいる。
しかし、その無駄に広い部屋だけに、まだまだ薄暗い。
メイドは、ドアの反対側にある、カーテンの閉まる窓へと向かう。
そして、その近くの壁をそっと触れた。
するとカーテンが動く、わけではない。
一瞬にして開いた状態へと切り替わった。
中央壁際には、キングサイズよりも広いベッドが置かれていた。
薄青色の天蓋付きだ。
「……我は深淵より解放されぬ宿命で……
(訳:まだ眠たい……)」
「もう、アルベルト様がお待ちなんですよ」
あと5時間は寝たい、
自身の顔と至近距離に近づける女の顔が目に映り、
「――――っ!」
驚きで一気に目が覚めた。
やりましたっ! と笑うメイドは確か、
……昨日の――。
竜也に見られている事に気付いたメイドは、
「改めてまして、私、竜也様がたの滞在期間中、貴方様の専属を務めることになりました、ナディア・カーチナと申します」
と、スカートの裾を両手で軽く持ち上げ挨拶を行うナディア。
右足を斜め後ろに引いた体勢は、先ほどとは一変、お淑やかに見える。
しかし、
……俺まだ布団にくるまってるんだけど……。
それ自分が起きてからにしてほしかった、と頭がひどく重い状態の竜也は思う。
ため息一つ、仕方なく身体を起こした竜也にナディアが黒い服を掲げた。
「今日からこれを着てくださいね」
昨日脱いで、畳んで置いておいた制服が、何故か見当たらない。
仕方なく、とそれを着た竜也は思わず、ククク、と笑ってしまう。
帝国軍服。
しかもそれは、アルベルトのものとよく似ている。
だが少し、毛色が違っていた。
一つは左手。
手の甲に穴が開けられた、黒い指無しグローブ。
元から刻まれていた、奇怪な文字を見せるためだろう。
良い手袋だ、と竜也は厨二心をくすぐられ、内心悶える。
そして色。
金ではなく血のような赤色で装飾され、禍々しさを放っていた。
……魔王の名に相応しいではないか。
♢
ナディアに案内された場所は、城内の通路を歩いた突き当り、一際目立つ扉の前だ。
可憐は既にアルベルトのそばで待っていた。
遅い~、と竜也に顔で訴える。変わらずの制服姿。
「揃ったね。じゃあ入ろうか」
アルベルトが扉に近づくと、勝手に開いてゆく。
自動ドア。
でもそれは、現代社会に普及している、見慣れたものとは異なっている。
木製のそれは、スライドなんてせずに、部屋側へと開いた。
中世西洋の城によく合う見た目の両開きドアだ。
上部にセンサーのようなものが付いている。
だが、赤外線やスイッチ、重量で人を察知しているわけではない。
検出しているのは、人間族のみ内包している生命エネルギー、ヴィ―テだ。
♢
ドアの向こう、それは部屋ではなかった。
室外。
そこは闘技場、と呼ぶ方が相応しい高い壁に囲まれた、宏大な場所だった。
「よぉ、おめぇら。早ぇじゃねぇの」
「セルゲイさんがこの時間にと仰ったんでしょう」
そうだったかぁ? と、その無性髭を指で
金属とゴムのような素材で作られた柄を持つ、太く大きな剣だ。
「まぁいいや。んなことより……おい、坊主と嬢ちゃん」
竜也と可憐をだるそうな声で呼び、壁に埋め込まれた金属プレートへと手のひらを置いた。
『――要請の確認、受諾』
機械のような女性の声が、どこからか鳴り響いた。
すると、闘技場の中央、地面から空に向かって何かが投影、生成されていく。
「んじゃまずは、この世界の危険っつうのを教えてやるか」
おっさんが意地悪そうな表情を浮かべる光景が、可憐には不気味と感じた。
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