第8話 ウルカ・ヴェルダ

 竜也と可憐は、メイドが軽く手ほどきしてくれたことを思い出し、伏せていた顔を上げる。

 目に映ったのは、二列に並ぶ六人の人影、そして、一際目立つ場所に座る一人の少女。


「よくぞ参いられた」


 風格ある口調とは裏腹に、子供っぽい声が鳴る。

 このヴェルダ帝国の現皇帝――名を、ウルカ・ヴェルダ。

 座面に届いて余りある金髪ストレートの少女が、脚を組んで頬杖している様に可憐は、

 ……愛くるしい――っ!

 と、思わず顔が緩む。

 ……いやいや、それよりも――。

 顔が強張る。

 何故そこに人がいるのだ、と、淡い光を纏う彼女らを見る。


「そう驚くこともない。詳しい話は彼奴あやつから聞いておろうに」


 可憐が頭に浮かべた人物はアルベルト。

 だが、どういう反応をすればいいのか分からず、竜也の様子を横目で伺う。

 竜也はアルベルトの方に顔を向けていた。

 それが何を意味しているのか、ウルカは理解したようで、


「違うわ、こやつのことでなくてのう。

 ――もしや誠に心当たりがないと!」


 キョトンとした顔、だらけた身体に力が入る。

 次に口にした言葉は、やれやれ――


彼奴あやつめ、まぁだ決心がついておらなんだかぁ」


 間の抜けた中にかげりを混ぜ天井を仰ぐ。だがその目は、どこか遠くを見つめていた。

 皇帝に最も近い、絨毯を挟んで並ぶ二人のうち一人、所々で毛先のはねるウェーブヘアの女が、


「あら~、ウルちゃん、それやらかしちゃったんじゃな~い?」


 と、妖艶な声で話す女性の名は、ヴェロニカ・オルロワ。

 その声に、彼女の斜め前で腕を組むモデル体型の女性が反応する。

 その美人とも言える顔をつんけんさせて、


「オルロワ! 貴様、一体いつになれば、陛下に対してその無礼な呼称をやめるんだ!」

「そんなに怒っちゃだめよ~、リーナちゃん。知ってる? あ~んまり怒ってると、皺が増えるのよ~」


 余計なお世話だ! フン! と、艶やかな黒のロングヘアを右手で払うリーナちゃん、本名エカテリーナ・ラパポルト。

 その横、最前列で「うわぁ、こわいこわい」と演技臭くする、軽くパーマのかかった茶髪ちょび髭のおっさん。名をセルゲイ・ペトロフ。


「ねぇ、あなたからもリーナちゃんに言って~、マカくん」


 ヴェロニカが横の男に、その大胆に開いた胸元を見せつける。

 マカくんと呼ばれたマカール・ゼンツォフという名を持つ、細身の男は軽くため息。眼鏡を左中指で正し、


「話しかけないでくれませんか。同類だとは思われたくありませんので」


 ひどいわ~、とボリュームある長い髪が揺れる。

 マカールの左横には、いつもの爽やかさで皆の様子を眺めているアルベルト。

 暫くして、ここまで微動だにしなかった、後ろで手を組む人影が、


「少し黙れ。陛下の御前だ」


 と低くどっしりとした声を響かせる。

 名は、ローマン・カルダノフ。筋肉質で大柄な男だった。


 その声を合図にか、全員が皇帝ウルカの方に身体を向ける。

 だが皇帝は、カカカと笑い、頬杖してない方の手の平を左右に動かすようにして、


「よいよい。気にするでない」


 両腕には、中指付け根から二の腕までの、指無しグローブがはめられていた。


「お前たちのやり取り、余は楽しいからのう」


 そして竜也と可憐の方に目を向けた。

 待たせたのう、と、苦笑を浮かべ、


「これは非公式でな。この場には今、余が信頼する、余直属の部下しか呼んでおらん」


 だから、


「みな、ちと気が緩んでおるのじゃ。

 ……其方らも楽にすると良い」


 可憐は、改めて見渡す。

 デザインは多少違えど、みんなアルベルトと似たような服装をしている。

 つまり、

 ……あの服、軍服だったのかぁ。

 コスプレに見えるなんてとんでもない、と自分の過去の思考を反省する。この場にマッチしたカッコいい服だ。

 小さき皇帝が、さて、と口を開く。


「其方らの名、余らは知っとる故――」


 手前の部下たちを見る。


「お前たち、此奴らに名乗るがよい」


 と、それぞれが、名、階級、所属部隊とその隊での地位を語る。


《皇帝直属軍特殊神導旅団》

・旅団長:セルゲイ・ペトロフ少将

『第一連隊』

・副旅団長・連隊長:ヴェロニカ・オルロワ大佐

・連隊副長:マカール・ゼンツォフ中佐

『第二連隊』

・大隊長:エカテリーナ・ラパポルト中佐

・連隊副長:ローマン・カルダノフ中佐

《皇帝直属軍独立機動部隊》

・隊長:アルベルト・ロマネク少佐


「――まあ見ての通りじゃが、こやつらは仲がいいでのう」


 ウルカは、え⁉ とでも言いたげな目線を感じたが、

 ……いや~、愉快よのう。

 カカッ、と笑いで一蹴。


「してアルト、竜也と可憐には如何ほどまで話したのじゃ」

「そうですね……神術について少々。

 加えて、おとぎ話を――」

「ハッ! あの空言じゃな」


 吐き捨てる。

 竜也は思い返す。

 おとぎ話とやらは、この国にとって重要なものでなかったのか? と。

 ……少なくとも、名が生まれる程度には……。

 という思考の下、言葉にする。


空蝉うつせみの根源、天地双眸そうぼうより記されし理は天啓の如くだろう?」


 ……ああ、またそんな厨二言語で――!

 可憐は、竜也と皇帝を心配するような目つきで交互に見る。

 しかしその心配も無意味に、ふむ、と理解の表情を浮かべた皇帝が、


「重要じゃよ――なにせ、それこそが本題じゃからな……」


 この光景に、なぜか心の底で微かな痛みを覚える可憐だが、別に目を向けることにした。

 言葉を詰まらせる小さな皇帝。その先は言いづらいのかな? と、謎の緊張感を覚えたのも瞬間。

 ため息、更に身体を堕落させる様に、

 ……喋り疲れたんですね……。 

 はぁ、と音が聞こえた。だがそれは、玉座からではない。

 男は、お決まりかのように眼鏡を指で押し、


「つまり、それこそが君たちをこの世界へと召喚することになった要因、ということになります」

「マカくん? それ、つまり、になってないんじゃな~い?」

「あぁもういい! 私が話す」


 耐えかねて美人が口を開き、


「つまりは、貴様――男の方だ、貴様は、異種族を統べ王となり、歴代皇帝の、いや、この国の人間が犯した過ちの尻拭いをするため、我々に手を貸してほしい――と皇帝陛下はおっしゃりたいのだ」


 可憐の頭に浮かんだ言葉は、

 ……どゆこと――?

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