第7話 謁見の間

 アルベルトは、手に持つ板をカメラのように二人の方へと向け、


「これに、ヴィーテと呼ばれる私たちの身体に存在する力を注ぎ込めば――」


 板が仄かに光った。

 おおー、と、二人はその板の不思議を解明せんと夢中になって見る。


「ここに君たちのちょっとした情報が映し出されて…………」


 微かな驚きの色がその顔に表れ、


「――どうしたの?」

「フ、如何せん、我に眠りし真祖の慟哭に勘付いてしまったか」


 どうした? と二人は対照的な雰囲気で尋ねた。

 

「…………ん? ああ、悪いね。

 純粋に驚いていたんだ。これは、ばれるわけだ」


 ……もしかしてステータスってやつ?

 ますます興味の湧く可憐が問う代わり、横から、身を乗り出す程に前のめりで、


「それってステータスっていう――! ……フ、それは天より与えられし福音の書、であろう?

 見せてみよ、アルト」

 

 竜也の言葉に、

 

「――残念っ、自分自身の情報は見られない仕様でね」


 アルベルトが板をポケットへと戻しながらに言う。

 それでも納得したような顔を見せない二人に、それに、と、


「すてーたす? は聞いたことないけど、本当に、あれに書かれていたのなんて自分自身がよく知っている、他愛のない情報だけだったんだけどな」

 

 例えば、

 

「『竜也は可憐のことが好きである』とかね」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは可憐――ではなかった。

 

「――漆黒に覆われよ(訳:……ば~か)」


 聞こえてきたのは照れくさそうな、キレのない小さな声。

 目線を逸らす竜也の、その耳には少しの紅潮が見られた。

 可憐はその予想外の反応に、


「め、珍しく照れないでくれよ! あー、なんか暑くなってきたわー」


 襟をつかんで前後に動かす様はどこかわざとらしい。

 変わらぬ笑顔で眺めていたアルベルトは、これはやはり、と納得のいったという視線を二人に向けて、


「――やはり君たち二人は恋仲だったんだね」

「いや、まあ、その、流れでっていうか…………うん」

「ククク、こやつとわれが契りし事をようやく気付いたか」


 本当ほんと立ち直り早いんだから、とため息。

 自分にはできないことだと、

 ……そんなとこにも惹かれたのかな……。

 なんて思ってたら馬車が止まる。


「どうやら到着したようだ」

 

 ドアが開くと、最初にアルベルトが降りる。

 その後、可憐、竜也と順番に、アルベルトの差し伸べられた手を掴んで降りた。

 

 眼前に見えるは巨大な門。遠目から見えた城に劣らずの荘厳さであった。

 門の中央には大きく円い線が、その中心から生える翼が円を外から包みこむように描かれていた。

 天使がモチーフ。

 それは国の紋章。アルベルトの左胸元にあるのと同じ紋様だった。

 見上げる首が痛くなる。

 可憐は馬車の中での話を思い出していた。

 ……これに隠れてる城が見えていたのは不思議だなぁ。

 対して竜也は、見る者には分かる程度にソワソワして、


「ククク、我が内なる那由他の閃光……今、寂滅じゃくめつする時! 

(訳:早く行こうぜ!)」


 と急かしてくる、が、


「ちょっと待ってくれ、竜也。

 ――こちらが呼んだとはいえ、まだ君たちは部外者なんだ。勝手に城内に入ることは出来ないよ」


 道理だな、と、竜也が呟き立ち止まる。

 なら、


「どうすればいい?」

「そのために私がいるんじゃないか」


 アルベルトが門へと向かうのを、竜也と可憐は後ろからついていく。

 共に小旅行した馬は別の方へと行ってしまった。


 三人が辿り着いたのはその大きな門、ではなく隣に取りつけられた、比べるのも恥ずかしそうな小さく簡素な扉。

 普段、門の方は閉ざされており、年に一回のセレモニーや軍隊の出陣時、その他緊急が発生した場合に限り開放される。

 故に、通常は隣の扉が使用されているのだ。


 その小さな門の左右には、竜也や可憐と同年代ぐらいの二人の門番が姿勢正しく立っていた。

 近づいてくる物陰に門番は気づき、一旦止めに入ろうと、その手に持つ槍の鋭利な先をこちらに向けようとした。

 が、直ぐ様その槍先を空へと戻し、敬礼をして、


「失礼しました! アルベルト・ロマネク少佐・・! お通りください!」


 二人の顔は、へ? である。

 軍事階級なんてものをあまり知らない可憐でも、つい驚いてしまった。

 見るからにアルベルトの階級が高そうな場の雰囲気に、


「え⁈ 偉い人だったの⁈」

「はは、言ってなかったかな?」


 言ったなかったよ! なんてツッコミは空しく、竜也も、


「ほ、ほう……黒より黒き極夜に顕現せしは盈月えいげつなり

(訳:や、やるではないか)」


 動揺していた。

 先ほどから少佐に無礼な態度をとるこの二人は何だ、と門番が、


「――ロマネク少佐。こちらの方々は?」

「ああ、心配しなくていい。彼らは僕の、ひいてはこの国の客人だ」

 

 は! と、門番二人が勢いよく敬礼して中へと通す。

 アルベルトが、パンッと軽く手を叩き、


「では、皇帝陛下のお待ちする謁見の間へとお連れしましょう」


  ♢


 ――その前に、と二人は小さな部屋へと通される。

 そこには、一つのテーブルと柔らかそうなソファーがそれを囲むように二つ配置されていた。

 ……来賓用の部屋か?

 なぜ? と竜也が思ったのを知っていたかのように、


「もう伝わっているとは思うんだけど、念のため確かめてくるよ。

 準備が整うまで、ここで待っていてくれ」


 そう話すアルベルトの笑顔はどこか偽物じみていた。


  ♢


 待つこと一時間。だが、部屋の物珍しさで退屈はせず、体感的にはあっという間だったろう。

 ノックの音。

 失礼しますね! と、朗らかなよく通る女性の声。

 アルベルトの服と似た配色で、着ているスカートの下部にはフリルが重ね付けされていた。

 長い後ろ髪はリボンを蝶々結びで一つにまとめ、そのメイド服の女性はこちらに微笑んでいる。

 

 彼女に誘導されるまま、二人は廊下を歩く。

 甲高い足音の鳴り響く大理石でできた広い通路だ。

 やがて巨大なドアの前へと到着する。

 それは優に5メートルは超えていた。

 その前で、


「いいですか? ここに来る前にも申しましたが、くれぐれも陛下には粗相のないようにお願いしますよ!」


 二人が頷くのを確認すると、メイドはその巨大なドアへと触れた。

 自動で開き始めるが、その動きは鈍く、重さが伝わってくる。

 ……どんなお方でしょう……。

 緊張のせいか、その大きな胸のせいか、肩が重い。

 横の厨二患者はなんとも清々しい顔つきだ。

 ……ほんと、頼もしい限りだよ。

 呆れ混じりのため息は、眼前の光景に掻き消えた。


 二人の足元、入口からドア幅の赤い絨毯が敷かれている。

 それを挟むように、白が基調の大きな柱が並べられていた。

 その間の天井はアーチ状。

 さらに空間は柱の奥までも広がっており、千単位の人が入ってもゆとりがあるだろう。

 如何にも大聖堂を彷彿とさせる光景。

 ヴェルダ帝国の紋章の描かれた旗が、柱ごとに天井から床まで垂れ下がっている。

 絨毯の敷かれた最奥、数段の階段を昇った先には金色の椅子――玉座。

 その真上には巨大なシャンデリアが吊るされていた。

 しかし、


「アルトさん、誰もいないけど……」

 

 自分の定位置だと言わんばかりに、柱の前で起立していたアルベルトしか見当たらない。

 アルベルトは顔に?を浮かべて、メイドに教わっただろう作法を二人に促した。

 二人、特に可憐は戸惑うも、部屋の半分ほどまで進んで行くとひざまずき、顔を伏せる。

 後ろのドアが閉じ始めたのは音で分かる。

 ドアが完全に閉まり、部屋が仄かに明るくなったのを二人は感じた、と同時、


「面をあげよ。許可する」


 玉座の方から女の声が発せられた。

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