楽園
第15話
意識が戻り、眼を開けた。
起き上がると、かけられていた毛布が落ちた。
すでに夜になっており、私は砂浜ではなく視界の開けた草地にいた。数十メートル先には砂浜から見えた森林がある。僅かな高低差からここは丘の上のようだ。後方の気配に私は立ち上がりながら振り返った。
そこには先ほどの男が笑みを浮かべて立っていた。ほっとしているように見える。
自分の左手に違和感があり、眼を向ける。
私の腕に針が刺されていた。それは管が繋がっていてその先を辿ると金属の棒に液体の入ったパックがあった。
何かを入れられたと焦り、慌てて腕の針を抜く。体内を意識するが毒ではないようだ、いやむしろ健康体に近くなっていた。
あれだけ衰弱していた身体を戻すには少なくても数日はかかるはずなのに。
「大、丈夫?」
男の言っていることがわかって、私は顔を上げる。
男は自分の耳を指差した。彼の耳には先ほどまでなかった小さな機械が耳穴を埋めていた。続いて彼は私の耳を指差す。耳に触れて見ると私にも同じものがあった。
「少し、話せ、る。こ、れで」
男はその場に座り、持っていたマグカップを差し出してきた。
「今、入れた、ばっ、かり」
その笑顔に、私は無意識に受け取ってしまった。
中身は真っ黒でとても飲み物とは思えなかったが男は微笑むと踵を返して行ってしまう。
そのときどうして今まで気がつかなかったかと思うほどに、彼の背後には大きな乗り物があった。
角張った楕円型の本体に何本もの細い足で立っていて蜘蛛を連想させる形だった。本体からはパックリと口を開けるように階段が伸びていた。私は言葉を失いながら、その場で座り込む。
男はマグカップを手に戻ってくると私の近くに座った。
マグカップの中身はやはり真っ黒の液体だ。彼はそれを美味しそうに口をつけた。促すように見るので私は黒い液体を舐めてみる。
信じられないくらい苦くて鳥肌がたった。毒ではないがこれは本当に飲み物なのか。
男は吹き出すように笑って見せたあと言った。
「僕、一人、旅している。宇宙」
おもむろに彼が空を見上げる。つられて私も顎をあげた。
そこには、無数の星が広がっていた。
あの日、ケイトが生まれる前に父と母と見た満天の星空模様。それはまるで時間が巻き戻ったような、同じ夜空だった。
「…………ケイト」
光る星がぼんやりと滲む。
ケイトが生まれてから、もう自分が泣くことはないと思っていた。
いい加減な話だ。
守るものを失ったら抵抗もなく涙が出るなんて。私はケイトを守れず、人に殺されて
そしてーー、父が待ち焦がれていた人に生かされたのか。
これは悲劇と喜劇、どちらなのだろう。
「ごめんね……ごめんなさい、ごめんなさい」
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