残酷な奇跡
第13話
波の音が聞こえる。
これが天国で初めて聞いた音なのだとしたらロマンチックだけど、終わり方を考えれば皮肉にも思えた。
唐突に、全身に熱い何かが流れていくような感覚に襲われる。それはまるで止まっていた時間が動き出して息を吹き返すようだった。暗闇だった視界に鈍い光が灯し始めた。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
青い空。穏やかに雲が流れていた。眼をできる限り動かすと、海が見えた。落ち着いた波が浜辺に引き寄せている。幻覚かと思うも、海の匂いが目の前の風景を紛れもなく本物だと教えてくれた。
「っ……」
声が出なかった。私は寝返りをうつように、まともに動かない身体をなんとか動かして視覚から情報を得る。私の頭の後方には森林地帯が広がっていた。人の手が通っていない、いつか父たちに連れられたあの森に似ている気がした。
白い浜辺に人の姿はない、私だけだった。持てる力を振り絞って、私は再び仰向けに倒れた。
一ヶ月は経っているかもしれない。人が飲まず食わずで生きられるのはせいぜいそのぐらいが限界だろう。
「……」
大声で笑いたかったけれど、そんな力はなかった。
海に投げられ、海中生物に襲われず、純陸上生物の人間が生き残るなんてことが、あるだろうか。
いったいどれだけの奇跡が重なって、私は生きているのだろう。
「…………残酷、だ」
絞り出した最初の言葉だった。
どうして、私なのだ。何も守れなかった私が。
一度眼を覚ましてしまえば、身体中の細胞が動き出す。空腹や喉の渇きも感じはじめてきた。もう一度眠ればきっと、私は眼を覚まさないだろう。
何もかも、今さらだよ。
ケイト。心の中で呟いて私は眼を閉じた。
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