第10話

 辺りを見回すと、その場にいた人達は出口に殺到していた。

 ケイトのそばにいた女の子は、私と同様に母親に抱きしめられている。私と母親は眼を合わせて頷き合った。


「ケイト、しっかり掴まってて」


「うん」


 ケイトは私に抱きかかえられると、ぎゅっと力強く私の首を抱きしめた。

 まずは常設されているはずの救命ボートに向かおう。船を沈めようとしてるなら意味はないかもしれないが、ここにいてもただ死を待つだけだった。


 人混みに押されながら何とか前へ前へと進む。

 廊下に出て、先頭のデッキまで辿り着いたときには外は完全に夜になり、大雨が降り注いでいた。

 

 嵐。これは父たちを飲み込んだいう嵐だろうか。当然、夜空に星は見えなかった。

 確か救命ボートは船の側面にいくつもついていたはず。そこで私は動き出そうとした足を止める。

 視界の隅に、一人泣いている男の子を見つけたのだ。ケイトと同じくらいの歳だろうか、近くに母親がいる気配はない。


 無意識にそちらへ駆け寄ろうとした私の手を、後ろについてきていた母親が掴んで止めた。


「何してるの、ボートがあるのはあっちよ」


「でも、子どもが」


「行ってどうするの! 二人を抱えて走れないでしょ」


「それは……」


 逡巡する私を見て、母親は躊躇いながらも強い口調で言う。


「弟くんを守れるのはあなただけよ。それを忘れないで」


 母親は唇を噛みながら走って行ってしまう。娘の女の子と眼が合うもすぐ遠ざかっていった。


 私は泣いている男の子を再び見る。



 ーーケイトを守ってね。



 母に言われた声が蘇る。抱えるケイトの身体は重かった。命は、重かった。


 頭で何度も反芻していたのに、気が付けば私の身体は男の子の方へ向かっていた。

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