第7話

 私は安心させるために言ったが、父は苦しそうに笑うだけだった。

 船への橋が架かり、乗船が始まった。そこで母に抱きしめられていたケイトの手をつなぐ。


「ケイト、行くよ」


 ケイトは声無く泣いていた。それは同時に、私が泣いてはいけないことを意味していた。

 父と母に目配せをして、私とケイトが背を向けると母に背中から抱きしめられた。私と母の鼓動が重なる。


「ごめんね、お願いね」


 謝らないで。大丈夫。心の中で告げてから


「……待ってるから」と私は言った。

 

 けれど声を震わせないようにするのが精一杯で、振り向くことなんて出来なかった。

 約三百人を乗せた船が出港する。船からは辛うじて父と母の姿を確認出来た。


「ケイト、お父さんとお母さん見える?」


 ケイトは頷いて手を振る。二人も私達が見えているみたいだ。手を振り返してくれた。


「ねぇ、お姉ちゃん」


「ん?」


「お父さんとお母さん、すぐに会えるよね」


「もちろん。待ってようね」


 間を空けずに、応えられたことにほっとする。

 ケイトは僅かな不安を残しながらも、もう両親の姿を判別出来なくなった港の方を見て「うん」とだけ頷いた。

 

 嘘ではない。

 

 移住は徐々に行われるし、大陸が即座に沈むことはまずないと父も言っていた。再会の希望は持っていい。それは希望というには仰々しいくらいのものだった。

 

 けれど、言いしれぬ不安だけが、私の心に同居し続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る