第39話
「死ねやあぁぁぁっ」
『ぎっきゅっ』
毛玉が全身を震わせ、静電気を飛ばす。
「イデデデデデデッ」
それをもろに食らった小山は、剣を振り下ろせずそのまま落下。
俺とリシェルが後ずさり距離を取る。毛玉は俺たちを守ろうとしているのか、小山との間に立ってじりじりと後退した。
「くっそっ。おういぃーっ、山岡ぁ。どうなってんだ?」
「え? お、俺の従属が解けかかってる?」
「てめー、ふっざけんじゃねーぞ!」
「ひぃっ」
今度は穴から出てきた山岡に剣を振り、寸止めするのかと思いきやそのまま──
「いぎゃああぁあぁぁぁぁっ」
山岡野で左腕を切り落としてしまった。
「お、小山殿っ。何をしているのですか!?」
「あぁ? 俺に指図しようってのか? てめーもぶっ殺すぞ」
「俺、俺の手があぁあぁぁっ」
小山……こいつ、力を手に入れて狂ったのか。
「山岡を黙らせておけっ。その間に俺が空気をぶっ殺すっ」
「くっ──"空気操作"っ」
あれこれ考える余裕はない。一番手っ取り早く
大剣を構えた小山は、狂気に顔を歪め突っ込んで来た。
「はっはーっ!」
「毛玉、飛べっ」
『ぎゅっ』
高く飛んだ毛玉。
その下を駆けて来る小山。
大剣が降り上げられ、ニヤリと笑う奴の顔がハッキリと分かる距離。
次の瞬間、小山の顔は苦悶の表情に歪む。
「う、ぐ……ぃ」
「酸欠だよな。お前がまっすぐこっちに向かって走って来るからさ、その間の酸素濃度を15%に減らしたんだ」
「かはっ──」
ばたりと倒れた小山。
だがそのおかげで酸素にありつけた。
毛玉が跳ねて呼吸できるよう範囲を設定した結果、焦っていたから狭くし過ぎたんだ。
「かはー、かはーっ」
「"空気操作"──」
「"
別の男の声がした。
魔術師だ。
奴が突然小山の横に現れたのだ。
そして小山を突き飛ばし、自らも転がって俺の指定した範囲から逃れる。
酸素濃度を下げるだけなら、息を止められれば効果がない。
さっきの俺の言葉でスキルの仕組みを理解されてしまったか。
「くそがあぁぁっ」
呼吸を整えた小山が、再び走りだす。
だが何故か山岡に向かってだ。
「ひ、やめっ」
「うらあぁぁああぁぁぁっ!」
山岡を掴み、彼をこちらに向かって突き飛ばした。
咄嗟のことで躱すこともできず、飛ばされてきた山岡をキャッチするハメに。
「どけよ山岡!」
山岡を突き飛ばし返すと、彼の胸にずぶりと刃が貫通する。
「ごふっ」
「はっはーっ。まとめて死ねぇぇっ」
「冗談だろ、くそっ"空気操作"!」
「空っ」
目前の空間温度を──最大の200度まで上昇。
その熱気は範囲外の俺の顔まで届くほど。
「ふぃぎゃあぁぁっ」
「があぁあぁぁぁっ」
肉の焼ける臭い。
山岡と小山が絶叫する。
「"空間転移"!!」
魔術師の男が咄嗟に手を伸ばし──
小山と山岡は
消えた。
『ぎきゅ……うぅ』
「"空気清浄"──"空気清浄"──"空気清浄"──、もう少しかな?」
『きゅ、ううぅ』
繰り返し浄化し続けることで、毛玉は元の──とまではいかないが、体長は50センチほどまでに縮んだ。
毛並みは以前より少し蒼みが強くなった程度まで戻ってきている。
頭の角は小さくなったが、これ以上は消えそうにない。
また長老に見てもらうしかないだろうな。
「空さんっ」
「リシェル。立花はどうだ?」
木陰で立花を寝かせて治療を続けていたリシェルがやって来た。
彼女は顔を左右に振る。
ダメ……ということか。
「まだ息はあります。空さんとお話がしたいと」
「そうか……。毛玉、一緒に来い。俺の傍にいたほうが、浄化の効果が強いはずだから」
『きゅ』
少し大きくなった毛玉を抱き上げ、木陰で横たわる立花のところへ向かった。
その途中、リシェルが悲痛な面持ちで「肺と、それに心臓が」と言う。
即死じゃなかっただけ、奇跡だったとも。
横たわった立花は、俺を見て少しだけ笑った気がした。
嫌な笑いじゃなく、どこかほっとしたような顔だ。
「由樹……お前、案外、タフ、だな」
「もともと俺って、体力とかある方なんだぜ。アレルギー性鼻炎のせいで、常にくしゃみ鼻水でてたから、そっちで体力奪われてたけどさ」
「そ……か」
不思議だな。立花とこうして会話しているなんて。
立花もどちらかというと目立たないクラスメイトのひとりだ。
小山たちに目を付けられないよう、何があっても見て見ぬふりのタイプだ。
「由樹……俺たち、騙されてたんだ」
「あぁ、知ってる。鈴木に聞いた」
「あいつ、来た、のか。それで?」
「……死んだ。この森にあった、腐王って奴を使役しようとして失敗して、取り込まれた」
奴も俺を殺そうとした。だから助けなかったし、助けられもしなかったから、せめて苦しまず死ねるようにと眠らせた。
そこまで伝えると、立花は苦笑いを浮かべた。
「俺たちが、ここへ来た理由……瘴気で、狂暴化した魔物に……俺が、作った魔瘴石を食わせて、従わせるため、なんだ」
「魔瘴石って、瘴気の結晶か?」
「そう……。俺、錬金術、師なんだ。それで、作らされた」
「そうか。でもこの森の瘴気は、全部俺が空気清浄で浄化したんだよな」
「はは、す、凄いな。お前」
「だろ?」
血の気がどんどんなくなっていく立花。
「で、でも俺が、ここでいなくなれば……魔瘴石も、作れないから」
「狂暴化した魔物を従属させて、戦争の道具にしようとしていたのか?」
頷く立花。
俺たちを召喚したのはセイドリアという国で、国土自体は小さいが、資源に恵まれているので弱小国家というほどではない。
技術力はあるが国は小さく、今、よその国と戦争をしようと準備をしているのだと彼は教えてくれた。
そして──
「あぁ、家に帰りたいなぁ」
それが立花の、最後の言葉になった。
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