第38話

 魔法使いのお二人には、メタンガスを吸って頂いて眠って貰った。


「これ寝てるって言うか、気絶よね?」

「昏睡状態ともいいますね」

「……ね、眠っていただいたの!」


 あとは小山と山岡、立花の三人だな。


「お前たちはどうやってここまで来たんだ?」


 狭い穴の下で、膝を抱えるような恰好ですっぽり嵌っている小山に尋ねる。


「そ、その声は空気か! てめー、生きてやがったのかよっ」


 俺を見ることなく、いや態勢的に見えないだけだが、それでも小山はこちらの声で、俺が誰だか気づいたようだ。

 生きてやがったのか……か。

 こいつ、本気で俺をあそこで死なせるつもりだったのか。


「え? 由樹ゆうきなのか? お前、無事だ──」

「立花ぁーっ。てめー、なに空気と親しそうに話してんだ、あぁん? てめーも空気を見捨てたひとりだろ。ええ?」

「うっ……そう、だ。ごめ」

「誰に謝ってんだ? ブッ殺すぞっ」

「ひっ」


 うーん。小山は異世界でも相変わらずで、なんかある意味ほっとする。

 同じ日本から召喚された者同士。知らない間柄じゃない。高校一年、二年と同じクラスだったんだ。

 だから……ちょっとでも俺のことに罪悪感を持たれていたら、判断が鈍るかもしれない。


 倒すべきか、話し合って和解するべきかの判断を。


 まぁ小山とは話し合いなんてできそうにもないな。

 けど立花は何か言いたそうではある。


 情報が欲しい。

 話し合いができるなら、そのほうがいい。

 そのためにもまずは小山を黙らせないとな。どうも立花を暴力で黙らせているようだし。


 穴を覗き込んで空気操作の範囲を指定──


『ぎゅ……ぎゅぅう』

「ん? 毛玉か? どうした、家の中でゆっくり眠ってていいんだぞ」

『ぎゅう……』

「あ? 毛玉? なんのことだおいっ。空気、てめーだけは俺の手でぶっ殺す! さっさとここから出しやがれっ」


 俺を殺すと言っている奴を、なんで出してやらなきゃならないんだ。

 小山って、よくうちの高校に合格できたよな。いつも補習受けてたのに。

 同じ不良でも佐野のほうは頭良かったっけ。勉強、教えて貰っていたとか?


 そんなことを考えているときだった。


「"来い"」


 それまでじっと黙っていた山岡の声が聞こえたのは。


『ぐぎゅっ』

「毛玉!?」


 山岡が落ちた穴に向かって、毛玉が飛び込んだ。


「おい毛玉!」

「まさか逃げた兎が、お前のペットだったとは。はは、はははは」

「山岡?」


 毛玉を抱き上げ、山岡が不敵に笑う。


 逃げた……兎?


「小山さん、あんとき魔瘴石食わせて逃げた兎。空気のペットらしいですよ」

「あぁ? 逃げた……お、てめーにテイムさせるために、モンスター化させようとしたあの兎か」

「そう、あの兎ですよ」


 テイムするためにモンスター化……。

 あの村で見たゴブリンや、ギルドで報告のあった狂暴化したモンスターも……まさかこいつらの仕業だったのか?


「お前ら、その魔瘴石をゴブリンにも食わせたのか?」

「いろいろ食べさせたなぁ。どんな風になるのか実験するために。本当はこの森の瘴気にやられて、狂暴化した動物とかモンスターで実験したかったんだけどさぁ」


 だが奴らが再び森に戻って来た時、瘴気はすっかり消えてなくなっていた。

 あちこち歩き回ったがどこにも瘴気はなく、それで予定を変更。

 途中でゴブリンを見つけて魔瘴石を食わせ、そして従属。その後は動物でも試してみようと、あの村の近くにあった小さな森へ。


「さて、ここまで話してやったんだ。俺の力をお前にも見せてやるぜ。おい、これを"食え"」


 穴の中で山岡がポケットから何かを取り出す。

 その何かを毛玉は食べた。


「ゆ、由樹。食わせるなっ」

「立花ぁーっ!」


 穴の中で語気を荒げた小山は、あろうことか穴の壁に大きな剣を突き立てた。

 その剣先が立花の胸を貫く。


 しまったっ。

 三人が一列に並んで歩いていたもんだから、それぞれの穴と穴の間隔が短すぎたんだっ。

 まさか土を貫通させるほどの力があるなんてっ。


「リシェル! ノームを使って、立花を穴から出してくれっ」

「は、はいっ。"ノーム"」


 すぐに立花が落ちた穴がぼこぼこと盛り上がり、彼が地面へと転がる。


「そ、空! パチパチがっ」

「毛玉!?」


 シェリルの悲鳴に今度は穴の下を覗く。

 いや、覗く必要はなかった。


 穴の深さは五メートルはある。その穴から大きな毛玉が、その背に山岡を載せて跳び出てきた。

 体長30センチほどだった毛玉が……ゆうに1メートルを超えている、だと?

 淡いコバルトブルーのような毛色は、まるで瘴気で染まったように紫色に変色。

 頭にはねじれた角が一本生え、もさもさした毛以外、元の面影が無くなってしまっていた。


「毛玉……嘘だろおい」

「完全に魔物化したんだわ。しかも下級の魔物じゃないわっ」

「はっはーっ! どうだ。これが俺の力だ! 従属させた魔物を、ランクアップさせる『魔物強化』のスキルさっ」

「おい山岡っ。俺をさっさと引っ張り上げろっ、殺すぞてめーっ」

「あ、ごめん小山くん。い、今すぐ出すから。おい兎、空気を殺せ。食ってもいいぞ」

『ぎ……ぎゅう……』


 毛玉はすぐに動こうとしない。

 俺をじっと見つめ、どことなく苦しそうにしている。


 もしかして、毛玉としての意識があるのか?


「毛玉。おいで、毛玉──そうだ、"空気清浄"」


 ぽわぁっとシャボン玉が浮く。

 それを突いて毛玉に向け飛ばした。

 山岡が必死に小山を助け出そうとしているが、穴が深くてなかなか助け出せないでいる。

 その間に毛玉の中の瘴気を浄化してやる!


 間髪入れずスキルを使い、そのたびに少しずつ毛玉の毛色が薄くなっていくのが見えた。


「あっ。空気お前っ。何しようとしてんだ!」

「いいから落ちとけ」


 どうやってそこまで上って来たのか、小山の手を掴んで引っ張り上げようとしていた山岡を後ろから蹴り落とす。

 二人揃って再び穴の底だ。

 最初からこうすればよかった。


 リシェルは立花を離れたところに連れて行って治療にあたり、俺は毛玉の浄化に専念。

 

「空っ、大変! 魔術師のほうがいないわっ」

「え?」


 そうシェリルの声が聞こえた瞬間、


「くうううぅぅきいぃぃぃっ」


 大剣を構えた小山が穴から飛び出してきた。

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