第35話
二日かけてエルフの里へと戻った俺たちは、まず毛玉を見て貰うために長老宅を訪れた。
森で変異のゴブリンと遭遇したことや、毛玉が少し大きくなっている気がすると話すと、長老は唸りだす。
「おそらくだが、このパチパチは瘴気の結晶を食べたのだろう」
「瘴気の結晶? そんなものがあるんですか?」
「人為的に作られた物だがね」
人為……誰かが作ったってことか。
それを食べさせられた動物やモンスターは、大量の瘴気を長時間吸ったのと同じ効果が表れるらしい。
つまり意図的に動物からモンスターに変異させる物。それが瘴気の結晶だと長老は話す。
「け、毛玉は戻りますか?」
「むしろ変異が途中で止まっていることの方が奇跡だろう。おそらく空殿の空気浄化がそうさせていると思うが……」
「じゃあ俺が空気浄化で毛玉の中の瘴気を──」
「体に取り込んでしまっていては難しいだろうが、可能性がゼロという訳ではない。やれるだけやってみなさい。それに──」
モンスター化しても、だから必ずしも狂暴になるわけではないと長老は言ってくれた。
もしそなっても、手懐けてしまえばいいと。
「召喚士のスキルに、テイミングというのがある。モンスターを手懐けるスキルだ。里にそのスキルを使える者もいる」
「俺が使えませんかね?」
「まぁ基礎から学んで習得すればいいだろう。必要になったら言いなさい」
「はい。ありがとうございます」
震える毛玉を膝にのせ、俺はさっそく空気清浄のスキルを唱えた。
「それで長老。変異種のゴブリンなんですけど」
「町のギルドの人は、この周辺で変異種のモンスターが何度か目撃されていると仰っていました」
シェリルとリシェルが、冒険者ギルドで聞いたことを話す。
その話にも長老は唸りの声を上げた。
「実はな。この森でも変異モンスターを見た者がいてな」
「え? 森の中で、ですか?」
「元々この大森林にも、少なからずモンスターは生息している。だが瘴気が晴れ、気性も穏やかなモノも多い」
「……あの、俺を食おうと必死だった兎とか?」
この世界に来て初めて襲われたあの兎だ。毛玉と比べ物にならないほど、可愛くないアレ。
「あぁ、あれは元々あんな感じだ」
「なんかほっとしました」
「だが瘴気が晴れたこの森で、何故変異モンスターが現れるのか……」
里のエルフが見た変異モンスターは逃げてしまい、長老が直接見ることはできなかったと言い。そして毛玉を見て納得したようだ。
「何者かが人為的に変異モンスターを作り上げているようだ」
「誰か……が」
「その痕跡もある。リシェルたちが空殿を見つけたという、その周辺で魔力の流れを捻じ曲げた痕跡がある。おそらく転移魔法の類だろう」
それを聞いて俺がどきりとした。
転移魔法──俺を……俺たちをこの世界に召喚した、あの王様だって奴の下にいた魔術師が使っていたな。
それにたぶん、鈴木もだろう。
長老が言うには、空間転移の痕跡はだいたい二週間より少し前に発生したようだと話す。
ギルドでもここ十日ほどでーと言っていたし、日数的には合う。
「空間転移の魔法は一度行ったことのある場所にしか、飛ぶことができない。理由はその場所に自らの魔力で印をつける必要があるからだ」
「じゃあ……俺を召喚した奴らの仲間って可能性が」
「違うという可能性もあるが、限りなく低いだろうな。何しろリスクが高すぎる。里の周辺は結界があり、外部から人が侵入することはできない。だが少し離れれば誰でも自由に出入りできる。しかし──」
俺が来るより以前は、この森は瘴気に満たされていた。
精霊使いが風で瘴気を退けながら進むか、神に仕える者が浄化しながら進むか、どちらかしか手はない。
わざわざそんなことをしてまで、大森林に来る人間はいないだろう。
おそらくこの森で俺たちを召喚したのは、腐王の瘴気で森の魔力が安定していなかったのもあって、異世界と繋げやすい環境だったのだろうと。
「人間にも精霊使いはいる。特に国に関わるような立場の魔術師ともなればな」
「複数系統の魔法使いを使って、一度森に入って印をつけ、それから国に戻って?」
「だろうな」
そんなことまでして、わざわざ異世界から人間を召喚するなんて。
鈴木が言ってたな。
魔王討伐なんてでたらめで、本当は戦争をするためだって。
十数人の異世界人でどうにかなるようなことなのか?
「転移魔法が使えなくなれば、奴らがこっちに来るのもそう簡単じゃなくなるんだろうけどな」
「それは既にしてある。印の上から私が魔力を注ぎ、元の流れに戻すだけだ。とはいえ、別の所に印をつけられていれば、どうにもならぬがな」
ほーん。さすが長老。
ならその
もう帰ったならよし、まだこの近辺にいるならとっ捕まえて、何を企んでいるのかあらいざらい吐かせる!
その日は里で一泊し、翌朝自宅へと戻った。
だが家の様子がおかしい。
畑で働いているはずのノームがいない。
「リシェル、ノームは?」
「すぐに呼び出します。"土の精霊ノーム。出てきて"」
すぐにぼこぼこと土の中からノームが現れた。
そしてなんともしょんぼりとした様子でうつむいている。
リシェルがノームと話をしている間、俺とシェリルで周辺を確認した。
「空、あれっ」
「動物……の死体?」
柵の外側に横たわる、鹿に似た動物の死体。それがいくつか並んでいた。
近づくと何かで斬られたような跡がある。
「空さん、シェリル! 一昨日この家に誰が来たそうですっ」
リシェルが叫び、ノームが語った内容を教えてくれた。
人間がやって来て、ノームが餌付けした動物を次々に剣で斬りつけた。
その傷口に人間は嫌な物を埋め込んだのだという。
「ノームの言う嫌なものと言うのは、瘴気のことです」
「長老が言っていた、瘴気の結晶か」
「おそらく」
「死んでるってことは、変異に耐えきれなくて……」
「死ぬこともあるのか!?」
声を上げ尋ねると、リシェルとシェリルは頷いた。
死ぬか変異するか、二つに一つ。可能性は半々なんだとか。
「毛玉……」
『……きゅ……ぅい』
ノームは自ら行動することはない。命令も簡単なものしか聞けない。
野菜の世話をして、収穫した野菜を動物に食べさせろ。
これが限界だ。
だけど人間たちはこの畑に入ってきて荒らそうとした。
「だから戦ったと」
「戦ったのかお前ら!?」
『むぅ……』
だが元気がないところを見ると、負けたんだろうな。
けどそこは精霊だ。負けたところで土に戻るだけ。だからこうして再び出てくることができた。
「その人間は私たちの家に一泊して、そして出て行ったあと、昨夜またやって来てこの家に」
「ちっ、不法侵入じゃねーか。くそっ」
「じゃあわたしたちと入れ違いに出て行ったってこと?」
「えぇ。少し前に出て行ったそうよ」
また戻って来る可能性があるな。
だったら──
「迎え撃つ準備をするぞ」
「えぇ!」
「はいっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます