第34話

 村に到着してから今までの全部が、実は冒険者になるための試験だった。


「絶対に内緒にしてくださいのぉ。試験を受けに来た者は、なーんにも知らんまま帰って貰うのが条件ですからのぉ」


 つまり、疲れた状態で村に到着し、そのまま村人から依頼をされ受けるかどうか。

 翌日の野菜の収穫だの柵の修理、放牧もそうだ。


「じゃあそこで断ったら、冒険者登録はできなかったってこと?」

「いんや、それは違いますじゃエルフのお嬢さん。断ってもええんじゃ。ただしその断り方なんじゃよ」

「断り方、ですか?」


 リシェルのオウム返しに村長はやんわりとほほ笑んで頷く。


 疲れた状態で依頼を受けるかどうか……断ってもいいけど、断り方。


「もしかして、人のよさとか、誠実さとか、そういうのを見ていたんですか?」


 俺の質問に村長がまたまた笑みを浮かべて頷いた。


「そうじゃ。冒険者はギルドからの依頼を受け、仕事をすることがある。その時、場合によっては先にお金を貰うこともあるそうじゃて。もし誠実でない人間が冒険者じゃったら、どうなる?」

「……持ち逃げ?」

「んだ。それだけじゃない。仕事を途中で放棄したり、関係ないところで犯罪を起こしたりされてはギルドの信用にかかわるからのぉ」

「なるほど。それでわたしたちみたいな、冒険者になろうって人間を試すのね」

「そういうことじゃけん、このことは内緒にしてくだされのぉ」


 試験を請け負っているのは他にもいくつかの村あるという。

 同じ村でばかりやっていたら、冒険者にも気づかれるからだ。


「しかしゴブリンのぉ。牧場のすぐ横にある森は、森とはいえんほど小さく、明るい時間ならば木々の間から向こう側が見えるほどじゃあ」

「ここから大森林の方に向かう小さな山にはゴブリンが住んでいると、叔父様は言っていました」

「おうおう、その山なら儂も知っております。けんどここからだと、歩いて半日以上は掛かりますだ」

「ゴブリンは太陽の日差しを嫌うわ。半日以上の距離を日差しの下を歩いてやって来るとも考えられないけど」


 瘴気によって変異したこととも関係しているんだろうか?


「ギルドに知らせたほうがいいよな?」

「そうしてくだされ。荷車を引く馬がおります。今夜は我が家でゆっくり休んで、明日の朝、馬をお貸しするので町へ走っていただけますかな?」


 村長のお言葉に甘え、その日は空き部屋を使わせて貰った。

 

 毛玉は縮こまってぷるぷると震え、寝ている間も自分から傍に来ようとはしなかった。


 翌朝、村長が二頭の馬を引いてくる。

 さてここで問題です。


 俺、乗馬やったことありません。

 あぁ、馬って目の前で見ると結構でっかいなぁ。


「空さん、もしかして馬に……」

「え? 空あんた、乗れないの?」


 二人に視線を逸らして頷く。

 すると「「じゃんけんっ」」なんて言葉が聞こえた。

 見ればリシェルとシェリルがジャンケンをしているのが見えた。


 へぇ。この世界にもジャンケンがあったんだ。

 いや、なんでシャンケン?


 双子ゆえか、なかなか勝負がつかない。

 何十回目かのあいこが続き、ようやくリシェルが勝利してガッツポーズ。


「さ、空さん。乗ってください」

「くぅ、くやしぃ」


 そういうジャンケンだったのか。






「なにぃ? 瘴気を吸った変異体のゴブリンが出た?」

「はい。俺らが倒したのは5匹ですが……」

「うぅーん……これで何件目だライナ」


 何件目?

 つまり他にも変異モンスターの目撃情報が?


「空くんたちので五件目です」

「この町の周辺で、ここ十日ほどの間にこれだ。変異モンスターは同種の通常モンスターよりちーっとばかし強くてな」

「ゴブリンでよかったですね。報告の中で一番強かったのはサンドリザード。中級ランクの冒険者パーティーが遭遇して、全員教会送りでしたから」

「き、教会!? え、お、お葬式ですか?」

「「は?」」


 え?

 ちが……う?


「ぶわーっはっはっは。教会送りっつーのはな、瀕死の重傷を負って治癒のために教会に運ぶっつー意味だ」

「ち、治癒ですか。なんだ──ってでも重症だったんでしょ?」

「まぁな。ま、今はぴんぴんしてるから、そう心配すんな」

「な、なるほど……」


 変異モンスターか。

 まさか大森林の瘴気が晴れてそこにいたモンスターが外に出たとか?

 毎日のようにモンスター退治はしていたが、森の外に逃げたのがいても不思議じゃないな。


「ま、お前たちの試験はここまでだ。合格の是非は後日報告──と思ったが、今回は特例で即日合格にしてやろう」

「え? いいんですか?」

「手紙の返事に、村長の推薦状がある。冒険者にしてやってくれってな」


 あの村長……ありがとうございます!


 そうして本登録を終え、俺たちにネームプレートのようなものが配られた。

 銅板でできたそれは首に掛けるためのチェーンがあって、名前とどこのギルド支部で登録されたのか、冒険者ナンバーなんてのが掘られていた。


「これは魔法アイテムだ。といってもうちのスタッフの魔力が込められたもんだが。偽装防止の処置みたいなもんだがな」

「偽装する奴なんているんですね」

「そりゃあいるさ。冒険者だと偽って罪人が別の国に逃亡しようとしたりとかな」


 なるほど。

 国境で偽物か本物か検査する魔法装置があって、それで検査をするらしい。

 ただこれが盗まれてしまえば、そこも簡単にクリアできる。

 だから盗まれるな、なくすなと念を押された。


 冒険者プレートを手に入れた俺たちは、宿には泊まらずそのまま大森林へ戻ることにする。

 残念ながら馬は借りたものなので、ギルドの方から返却してもらう。

 よって、徒歩での帰宅だ。


「森のモンスターが外に出たんだろうなぁ」

「それはないと思うわ。ううん、絶対とは言えないけど」

「ん? でも瘴気で変異したってなら、大森林のモンスターじゃ」

「空さん。大森林にゴブリンはいません」

「ギルドのライラさんが言っていたサンドリザードもよ」


 大森林に生息しないモンスターの変異種……じゃあどこから現れたんだ?


『ぎゅうぅぅぅ』

「毛玉? 苦しいのか? どこが痛むんだ?」


 毛玉の様子がおかしい。全然元気にならないし、飯も食べないし。


「長老なら、何かご存じかもしれません。急いで帰りましょう、空さん」

「あぁ、そうだな。毛玉、頑張れよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る