第26話
朝の俺の仕事は、ノームと一緒に野菜の収穫だ。
「しかし……もうこれ食べきれないぞ」
『むぅ~』
昨日だけでも10日分ぐらいの野菜を収穫したんだぞ。で、また同じ量を収穫したんだけど、どうすんだ。
だけど収穫しなきゃ腐るし。里に持っていこうにも、向こうだって順調に収穫できているという。
どこかに売りに行くか?
『むっ! むむむっ!!』
「どうした?」
ノームが突然怒り出して、柵のほうに向かって駆け出す。
畑を荒らす動物かな?
動物の姿が見られるようになったとはいえ、その数はこの周辺だけでも十数頭程度。
家や畑の周辺には雑草も生えてき始めたが、それでも足りないらしい。それとも野菜が美味そうに見えるのか?
『ききゅうっ』
『むむっ』
警戒心が強く、近づくとすぐ逃げてしまって姿ははっきりと見たことがない。
けど、柵越しにもっさもさした毛玉が見えた。
大きさは兎ぐらいか?
「ノーム、どうせ柵の中には入れないんだ。そう怒るなよ」
『むむぅ』
しょうがねーなという感じでノームが戻って来る。
毛玉はそこから動かず、だけど柵で顔はよく分からない。
「そうだ。いらない葉っぱがあったよな。おーい、シェリルー」
名前を呼びながら家に戻ると、彼女が嬉しそうに出迎えてくれる。隣でリシェルが少し拗ねているようにも見える。
こんな出迎えられ方したら、嬉し過ぎるだろ。
「なに、空」
「あ、うん。昨日使った野菜のさ、いらない葉っぱとかないかな?」
「葉っぱ? スープに使おうかなって思ってたんだけど。いるの?」
「あ、いや。使うならいいんだ」
毛玉には悪いが、シェリルは食材を無駄使いしないからなぁ。
「待って空。何に使うか知らないけど、昨日の野菜、葉っぱは先に取ってしまおうと思うの。葉物はすぐ痛むし」
「そうですね。勿体ないですけど、あんなにたくさんあったら、食べるのも追いつきませんし。今日の収穫もあったのでしょう?」
「昨日と同じぐらい」
苦笑いでそういうと、二人もつられて同じように笑った。
「実はさ。柵の外に毛玉がいて」
「「毛玉?」」
「まぁあいつらもひもじい思いしてるだろうし、少しぐらいお裾分けしようかなと思って」
顔を見合わせた二人は、俺について外へと出る。
お、まだ毛玉いるようだな。
少し近づくとビクりと体を震わせたが、それでもやっぱり動こうとしない。
根性の座った奴だな。
「あれ、パチパチ兎だわ」
「かなり汚れているけれど、パチパチ兎ですね」
「パチパチ……え? も、モンスターなのか!?」
「「え?」」
首を傾げる二人。
え? 違う?
「静電気を発生させる。ただの兎よ」
「森の動物です」
この世界の動物は、静電気を起こすのか。そうなんですか。
「あれに食べさせるの?」
「ふふ。空さんは動物好きなんですね」
「ふふーん。優しいのねぇ~」
「そ、そういうんじゃなくって。ほら、野菜がいっぱい余ってるだろ? 分けやれば、あいつら畑を荒らそうとしなくなるかもしれないじゃん」
柵はそれなりに頑丈ではあるけれど、ガンガン頭突きでもされればいつかは壊されるかもしれない。
それなら餌付けして、柵を壊さないようにさせるのも手かもしれない。
あとちょっと……。
ペットへの憧れもあるんだよ。
「俺さ、ほら。空気清浄スキル使わなかったら、くしゃみ鼻水止まらなくなるって言ったじゃん?」
「そうですね。里に運んで意識を戻された時も、少しくしゃみなさってましたね」
「スキルがなかったら酷いの?」
「そりゃもう。花粉の時期は生き地獄だったよ」
自然が豊か過ぎる異世界は、俺にとって死の世界みたいなもの。
だけど空気清浄スキルで何事もなく暮らせている。マジありがたい。
「けど俺のアレルギーの原因って、花粉だけじゃなくって、ペット──動物にもあるんだ」
「動物?」
「ノミやフケとかでしょうか?」
「そそ。だからさ、動物に触りたくても触れなかったんだ」
じゃあ触りたいのかと二人に尋ねられ、そりゃまぁ可愛い奴は触ってみたい。本当にもふもふなのか、確かめてみたい。
「ふふ。仕方ないわね。まぁ野菜はバカみたいに余るんだし、腐らせるよりいいわ」
「そうですね。森の動物たちが増えれば、生態系も戻ります。分け与えて共存できるなら、それがいいと思います」
「ありがとう二人とも。そうだ。暑さ対策で木を植えようって話したじゃないか? どうせなら実のなる木にしたらどうだ?」
「動物が食べれるように?」
「いいですね、それ」
出来ればすぐにでも実をつける木を植林できるといいんだけどなぁ。
シェリルが家の中へと戻って野菜の葉っぱを持って来てくれる。
その葉っぱを俺たちは毛玉から少し離れた柵の外へと投げた。
で、俺たちがいたら警戒するだろうしと思って家に入り、窓からそっと三人で覗いていると。
「あ、毛玉動いた。おっそいなぁ」
「葉っぱの方に向かってますね」
「あぁっ。他の動物来ちゃったぁ~」
なんと。
毛玉が到着する前に他の動物たちがダッシュでやって来て、全部食われてしまった。
か、可哀そうな毛玉。
あいつのために用意してやったのに。
いや、野菜ならまだある。さっき収穫した奴が。
急いで外に出、野菜を持ってキッチンへ。
「シェリル、頼む!」
「任せて! はっ」
見事な包丁さばきを披露してくれたシェリル。彼女から葉っぱを受け取り、俺はひとり外へと出た。
すぐに動物たちは逃げていく。ただ毛玉だけが動かず、まるで俺のことを待っているかのようだった。
今度は離れた所になんか置かない。こいつはきっと俺を待っている。いや葉っぱか。
刺激しないようにゆっくり歩いて行き、柵まであと数歩。
そこで俺は気づいた。
こいつ、動かないんじゃない。動けないんだ。
怯えてプルプルしている毛玉の体は、あちこち赤い染みが付いていて。
怪我をしているんだな。それで歩くのも遅かったんだろう。
「ごめんな。気づかなくてさ。ほら、いっぱい食え」
『きゅ、きゅうぅぅ』
もさっとした毛の隙間から赤い目が見えた。
すぐに顔は伏せられ、柵越しに俺が落とした葉っぱへと向けられる。
シャクシャクという音が聞こえてきて、それは葉っぱが全部なくなるまで続いた。
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