2章

第25話

『むむっ』

「あぁ、ありがとうノーム」

『む~』


 土の精霊ノームが喋ることを、つい最近知った。

 リシェル曰く、土が綺麗だとノームも強くなったり賢くなったりするんだとか。

 で、その土を綺麗にしているのが、俺の空気清浄スキル。

 そのせいか、ノームは俺に懐いていた。


 異世界に召喚されてもう二カ月を過ぎたかな。

 無事に家が完成し、畑を囲い柵も頑丈になった。

 そしてついにこの日、野菜を収穫できるようになったのだ!


「今日の晩飯は野菜炒めかなぁ」

『むっむっ』

「さて、井戸水で野菜を洗ってしまうか」

『むっ』


 この世界の野菜や果物は、地球にあったものとまったく同じだ。

 見た目も味も、そして名前さえ。

 いやもしかしたら俺がこの世界の言語を喋っていて、頭では日本語として理解しているだけかもしれない。

 まぁ難しいことはいいや。


 家の脇にある井戸で水を汲み、横に備え付けられている水溜に注いでじゃぶじゃぶと野菜を洗う。

 ノームは小さいし、それに土でできている。水の中に入ったら崩れてしまうので、水洗いは手伝ってもらえない。

 ノームの仕事は俺が洗った野菜をカゴに入れ、それをシェリルの所へ運ぶことだ。


 野菜を洗い終え家に入ると、シェリルが嬉しそうに野菜を見ていた。


「立派な野菜ねぇ。あとは食べられるかどうかなんだけど」

「食べられないのか? じゃあ何のために育てたんだよ。てっきり食えると思ったのに」

「もともとここは腐王の瘴気が満ちていた場所よ? 空が浄化してくれたとはいえ、土にも浸み込んでたかもしれないし」

『むっむー』


 ノームが何やら首を左右に振る。

 残念ながら俺はノームの言葉は理解できない。シェリルはほんの少し分かるという。

 ただ相性のいい精霊限定というのがあるが。

 そして土の精霊との相性は普通で、言葉は分からないらしい。


「大丈夫って言ってるのよ」

「お、リシェル」

「ふぅ、お洗濯終わりです」

「お疲れリシェル。でも本当に大丈夫なの?」

「そもそもノームたちがとても健康なのも、土の中の瘴気が全て消えたおかげだもの」


 そう言うリシェルの足元で、ノームがうんうんと頷く。

 どうしても不安ならと、リシェルは名もなき野菜の精霊を呼び出し尋ねてくれた。


「ぶっ。や、野菜にも精霊がいるのか」

「えぇ。可愛いでしょ?」


 リシェルの手の上には、超ミニサイズの野菜が。ただし手足と胴があって、ちゃんと服を着ているし顔もある。

 可愛いかと聞かれると……女の子の基準が俺には分からない。

 リシェルとぷきゅぷきゅと会話をすると、スカートの裾を掴んでお辞儀をした後、すぅっと消えた。


「食べても平気ですって。むしろとっても美味しいから、ぜひサラダにして召し上がってくださいって」

「そっか。じゃあサラダと……やっぱり肉と合わせてじゅじゅっとやって貰いたいなぁ」

「はいはい。任せておきなさい」


 この家で暮らすようになって半月ほど。

 部屋は三つで、一つはリビングダイニングキッチン。一番大きな部屋だ。

 次に大きな部屋がリシェルとシェリルの部屋。そして四畳半サイズの俺の部屋だ。

 日本にいたころだと四畳半なんて狭いと感じただろうけど、ここでは勉強机もパソコンも必要ない。漫画本が詰まっていた本棚だけは欲しかったけれど、この世界にないのだから仕方ない。

 部屋にあるのはベッドとクローゼット。これだけだが、これで十分。


「だけど野菜が採れ過ぎちゃって、わたしたちだけじゃ食べきれないわね」

「そうだなぁ。畑の野菜はどんどん成長してるし……ていうか早すぎない?」

「ノームが頑張ってくれているので」

『む!』


 ドヤっを胸を張るノーム。

 そして再び外へと行き、たぶん土に潜るんだろう。また野菜を育てるために頑張るに違いない。


「明日にでも里に野菜を持っていくか?」

「どうかしら? この前里に戻ったときは、畑の野菜がよく育って嬉しいって長老の奥さん言ってたし」

「空さんのおかげで、里の土壌もすごくよくなっているんですよ」


 ここほどではないけど、とリシェルは付け足す。

 まぁそういうことなら……でもどうするかなぁ、この野菜。


 この辺はよく作物が育つようになった。

 植えた生命の樹も、僅か一カ月で俺の背を追い越したほどだ。

 だけど周辺は雑草ばかりで、木がない。

 枯れた木はさすがに元には戻らなかった。


「暑さ対策に木を植えないか? 町で適当に苗木でも買って来てさ」

「そうですね。この辺りは木もなく、寂しいですものね」

「まぁ、木が育つまで何年もかかる……かかるよな?」


 そう問うと、二人は揃って首を傾げた。

 シンクロ率やばい。マジ可愛い。


 この可愛い双子が……俺の恋人なんて。

 三カ月前には信じられたか?


「ん? どうしたの空」

「何か楽しいことでもお考えですか?」


 椅子に座っていた俺に、二人はテーブル越しに身を乗り出し、じーっと見つめてくる。

 二人の胸がテーブルに押し潰されそうで心配だ。


「どうしたの?」

「どうしました?」


 ややツリ目がちで、それでいてすぐ唇を尖らせ拗ねるシェリル。

 いつも穏やかに笑う、ふんわりとしたリシェル。


 ちょっと恥ずかしいけれど、二人の頬に手を伸ばし──


「可愛い恋人ができたことが嬉しくて、ニヤけてただけ」


 と伝えた。

 そして──俺なに言ってんだろう。リア充キメー!

 と、テーブルにおでこからダイブするのだった。

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