第21話

 デレデレしたいのを堪え、里へと向かう途中。

 腐王の瘴気も気になるので一度寄ることにした。


「六日放置して、どのくらい瘴気が溜まっているかなぁ」

「突然どぱーって出ない限り、屍の周辺に漂ってる程度だと思うけれど」

「そうですね。どぱーってなるようでしたら、そもそも今頃この森は瘴気まみれでしょうし」


 いや。俺が召喚された時も、十分瘴気まみれだった気がするんだけど。

 せっかくなので、行きとは違うルートで進んで、空気浄化範囲を拡大させていった。

 昼頃に腐王の屍が転がる穴の近くへとやって来たのだけれど、何やら様子がおかしい。


 瘴気が充満しているわけじゃない。

 

 ブツブツと人の声が聞こえるのだ。


「里の誰かがいるのかしら?」

「でも私たちが戻るまで、家造りはお休みのはずです。基礎を固める必要があるもの」


 この世界にもコンクリートはあった。というか似たような物?

 ある砂とある土、そして粉を水でこねくり回すと、コンクリートのようなものが出来上がる。

 乾くと硬くなるところも同じだ。

 

 これを基礎にして家を建てるのだけれど、量が多いと乾くのに時間がかかるってわけ。その間にテントを買いに行ったのだ。


「基礎のようすを見に来たのかしら?」

「でもこの声、誰のかしら?」

「さ、さぁ……聞き覚えがないわね」


 エルフは耳が長いだけあって、聴力はいいらしい。

 二人が聞き覚えのないというこの声……俺は聞いたことがある気がする。

 

 クラスで目立つと言えば目立つ存在。

 口数は基本的に多くはないが、勉強のこととなると途端によく喋る。


 学年成績トップ3のどこかに必ず入る──


「鈴木……」


 たいして身を隠す場所もないここで、俺の視界には確かに鈴木の姿を捉えていた。

 だが向こうはこっちに気づく様子もなく、腐王が転がる穴を見ながらブツブツ呟いていた。

 その声を聞いてリシェルが飛び出す。


「いけません! 死霊術で腐王を起こしては──」

「うそっ。あいつ死霊使いなの!?」


 シェリルも同じく飛び出し、そして弓を構えた。


 死霊使いって、じゃあアンデッドモンスターとかを使役するアレのことか?

 鈴木の奴、そんなのが適正職だったとは。


 二人の声でさすがに鈴木も気づいたようで、振り向いたと同時に硬直。そして顔真っ赤。


「天使!?」


 あぁ……うん。まぁ気持ちは分かる。

 エルフだし、美少女だし、マジ天使だし。


「吾輩の下に、天使降臨す!」

「「は?」」


 す、鈴木……なんかおかしくないか?

 俺も出て行ってまずは二人の前に立つ。


「な、なに奴であるか!?」

「す、鈴木……お前、喋り方おかしくないか?」

「は? 誰であるか貴様。全知全能なる吾輩に気安く喋るなし」


 全知全能とかはまぁたまにこいつと、他にもう二人。とにかく秀才三人組がよく口にしていた単語だが。

 吾輩? あるか?


「お、おい鈴木。俺だって、俺オレ」

「オレオレ詐欺であるか? 間に合っているであるよ」

「詐欺じゃねー! 俺だってっ。由樹空、同じクラスメイトの!」


 そんでお前らに置いていかれた。

 名乗りはしたが鈴木は「は?」という声をあげる。

 脂肪達磨な鈴木は首を傾げるというか、顔を傾げる仕草に。


「ゆーきそら?」

「そうそう。鈴木、なんで戻って来たんだよ」

「ん? ん? 吾輩、頭は誰よりも賢いであるからして、下等人種の顔すら一度見ただけで覚えるのだが……誰?」

「誰ってだからーっ!」


 あ、こいつもしかして。

 年中マスクつけてたから、顔がはっきり見える今の俺だと気づけないのか?

 仕方なく両手で鼻から下を覆った。


「分かるか?」

「……分からぬ。ぐぬぬ。ちょっと顔がいいからって、吾輩をバカにしおって!」

「え? いや普通だろ?」

「普通な訳があるかーっ!」


 えー!?

 なんで切れてんだよ。


「ちょ、待て。あ、そうだ! くうき。くうきだって俺!」

「空気? 嘘をつくなである! あいつは鼻水垂らしてきちゃないブ男であるぞ!」

「ブ、ブ男って……。デブに言われたかねーよ!」

「デブ言ったであるか! 吾輩をデブと言ったであるか! ぐぬぬぬぬ。こうなったら──出でよ、吾輩の忠実な僕……腐王!」


 え?

 嘘マジ? 

 腐王を使役すんのかよ。

 そういうのって契約とか必要なんじゃ?

 さっきのブツブツがそれだったのか!?


 地面が揺れ、穴から紫色の靄がぶわぁっと噴き出す。


「ふはははははは。見るであるの! これで吾輩は山田や佐藤にも負けないのである! 絶対、絶対奴らにだけは負けるわけにはいかない!」


 歪んだ鈴木の顔には、憎悪しか浮かんでいなかった。

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