第19話

「んん~、美味しいっ」

「本当に」


 一階の食堂でいくつかの料理を注文し、三人で分け合って食べた。

 エルフの里の料理はあっさりめの味付けだけど、ここは濃い目だ。

 二人にとって新鮮なのかもしれない。

 シェリルのあっさりして食べやすい料理も好きだが、こういう濃い味も俺は大好きだ。


「このタレ……あれかしら?」

「シェリル。作れそうなのか?」

「材料さえあればだけど……大森林でも手に入るかしら」

「何が必要なんだ?」


 必要なのは果物や野菜。発酵させたりなんたりが必要そうな物もあるという。

 うん。俺にはサッパリ分からないや。


 シェリルはあとで、厨房が少し暇にでもなってきたらレシピを聞くんだと張り切っている。


「空も美味しそうに食べてたでしょ?」

「ん、まぁ濃い味もたまに食べるのは美味いいなぁと」

「ふふ。きっちりマスターしてみせるわよ」

「まぁ作ってくれるというならありがたいよ。材料集め、俺も手伝えることはやるから」

「わ、私も! 野菜や果物は、何を使っているのか分かれば、苗や種を買って帰ればいいと思うの」


 確かに。

 シェリルはじっくり味わったり、食堂のお姉さんに材料を聞いたりしていた。

 じゃあ明日は園芸店だな。






「これとこれ。それからこっちの苗と……あ、この種もお願いします!」

「はい、まいどーっ」


 苗木数本と野菜の種。あと家が完成したら花壇を作って花を植えたいそうで、10種類ほどの種も購入。

 土が零れないよう根元をしっかりと布で包みリュックへ。

 それから小麦粉も大量に購入した。

 エルフの里では小麦は栽培されていない。そこまで大きな畑を作れないからだ。


 そうして町をあとし、帰路へとついた。

 

 道中、空気操作のレベル上げをしながら歩き、そうして二日後に森の入り口へと到着した。


「ここまで到着しても、里まであと一日かかるんだよなぁ」

「直線距離だとそれほど遠くないのですが、何分森ですから」

「町までみたいに平らな所を歩くだけじゃないもの。仕方ないわよ」


 里までの道を切り開いてしまうと、それはそれで人間たちが入って来易くなるので困るのだとか。

 人間が入ってきて困るのは何故か。


「わたしたちの故郷だもの。荒らされたくないじゃない。まぁそれだけじゃないんだけどさ」

「んー……生命の樹に特別な力があるとか?」


 不老不死の効果──があるかどうかは分からないが、人間がそう信じていて樹を狙っているとか。

 ファンタジーではわりと見かける設定だな。


「そりゃあ浄化の力があるもの」

「人間は何故か不老不死の効果があると信じていますが……」

「あぁー、やっぱりそのパターンなのか。まぁエルフの長寿がその樹のおかげだとか、そう解釈しているんだろうなぁ」

「「なるほど」」


 二人は納得したように頷きあい、それから俺たちは買ったばかりのテントを設営した。

 まだテントの設営は慣れないが、それでももともと簡単なものだ。

 20分ほどで設営は完了して夕食の支度に。


「はぁ、早く帰って風呂に入りたいなぁ」

「そうですねぇ。せめて川でも近くにあれば、水浴びでもできたのですが」

「え? み、水浴び? いやでも、まだこの季節だと冷たくないか?」


 ちょっぴり二人の水浴びシーンを妄想しつつ、同時に春先ほどのこの気温の中、自分が川に飛び込むのを考えると身震いしてしまう。


「汚れを我慢するよりいいわよ」

「とシェリルは言っていますが、実際は水の精霊にお願いして少し温かくしてもらっているんですよ」

「ち、ちょっとっ。リシェルったら、言わないでよっ」

「なんだ。やっぱり冷たいんじゃないか」


 そう言って俺が笑うと、シェリルはぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 そうしてまた俺が笑うと、今度は拗ねて「ご飯作ってあげないんだから!」と怒り出す。

 

 うん、それはマズい。非常にマズい。

 だって俺、自炊できないし。


「ごめんごめん。シェリル、機嫌なおしてくれよ」

「知らない」

「シェリルの作ってくれるご飯だけが頼りなんです。異世界に召喚されて、右も左も分からない俺にとって、君の作る料理だけが心の拠り所なんだからさ」


 お。顔が赤くなった。

 もう一押しか?

 そう思ったらまた河豚のように頬を膨らませた。

 あれ? 余計に怒った?


「わ、わたしの料理だけが空の拠り所なの? わたしは料理するだけの価値しかないの?」

「酷いです空さん。私たち、空さんの傍にずっといて、支えているつもりだったのに」

「え? い、いや、あの……もちろん二人がいてくれて助かってるよ。ほら、異世界人だからって変な目でも見ないし、普通に接してくれるし、優しいし、可愛いし」


 あ、ヤベ。最後の余計だった。

 いや、本音だけどさ。可愛い子に優しくされるって、やっぱり嬉しいじゃん?


「お、俺。日本に住んでた頃は花粉症で年中、鼻水とか涙でぼろぼろでさ。だから異性はもちろん、同性からも汚いだなんだのと避けられてて」


 なんで俺そんなカミングアウトしてんだーっ!

 でも止まらない。

 ずっと思っていたこと、考えていたことが次から次に口から洩れて──。


「いつか花粉症が完全治癒できる薬とか開発されたら、マスクもせずに外を歩けるかな。友達と肩を並べて歩けるかな。人並みに恋とかできるのかなって、ずっと考えてたんだ」

「空……」

「向こうの世界で辛い思いをなさっていたんですね。それなのに私たち」

「わ、わたしたちエルフは神を信仰したりはしないけれど、きっと空は神様に愛されているのよ。だから空気清浄のスキルを頂いたんだわ」


 神に愛されてる……か。

 でもほんと、このスキルはありがたいよ。


「日本では叶わなかったけど、異世界で俺の夢は叶った。もうマスクはいらないし、気にせず外だって歩ける」

「そうね。友達は……叔父さんかしら?」

「ふふ。叔父様も空さんのこと、気に入ってるものね」

「いやぁ、年齢差があるだろう。まぁ見た目若いけど?」

「それ叔父さんに言ったら──」

「心だって若いつもりだよって言われますよ」


 言いそうだ。そして拗ねそうだ。

 そういうところはシェリルも似てるんだよな。


「じゃああとは、人並みの恋、かぁ──」


 言ってから俺は恥ずかしくなった。

 女の子二人を前にして言うセリフじゃない。これじゃあまるで「絶賛恋人募集中です。そこのお嬢さんいかがですか?」って言ってるようなもんじゃないか!

 言えるもんなら言いたいけどさぁ。


 チラりと二人を横目で見ると、双子のエルフも俺を見ていたわけで。

 そしてぐいっと迫って来た。


「「私(わたし)たち、絶賛恋人募集中です!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る