279 寝ずの番

 俺はヤギたちの家の前に腰掛ける。

 大きな体のヒッポリアスがそばに寄り添ってくれた。


「ヒッポリアス、疲れてないか? お腹空いてないか」

『つかれてない! おなかすいてない!』

「そうか。恐らく襲撃はないだろうが、念のために警戒しないとな」

「きゅお」


 もし襲撃の可能性が高いならば、ジゼラはここを離れない。


「め?」

 ヤギの家の扉が少し開いて、メエメエが顔を出す。


「メエメエ、安心してくれ。ジゼラが敵は倒してくれた。とはいえ――」


 万が一の襲撃があるかも知れないから警戒しないといけないと言おうとしたのだが、

「めえ~」

 ミミがメエメエの足元からさっと外に出て、尻尾を伝ってヒッポリアスの背中へと駆け上がった。


「め」

「ミミ、まだ危ないんだ」

 俺もヒッポリアスの背に登り、ミミを抱き上げて、家の中に戻す。


「めえ~」

 ミミは不満げだ。


「また後で遊びなさい。みんなも、まだ外に出ないでくれ。みんながら外にでたら、守りにくい」

「めえ~めえ~」


 ミミは悪魔の死骸に興味があるようだ。

 巨人型の方では無く、オリハルコン型の方が気になって仕方がないらしい。


「だめ。あれはおもちゃじゃないからね」

「め~」


 母ヤギに促されて、ミミは小屋の奥へと連れて行かれた。


「そうか、子供たちの興味を引きかねないのか」


 オリハルコン型悪魔は、死骸という感じがしない。

 金属の精巧な像に見えるのだ。子供の興味を引くのも当然だ。

 ベムベムやボエボエも興味を持って外に出てくる可能性がある。


「しまっておくか」

 魔法の鞄にオリハルコン型悪魔の死骸を収容する。


「巨人型もしまっておくか」

 魔法の鞄に入れて状態を保存した方が、ケリーも喜ぶだろう。

 死骸の収容を終えると、俺はヒッポリアスのところに移動して寄りかかる。

 

「ヒッポリアス寝てていいよ」

『ねむくない!』

「そうか、まあ、ジゼラはすぐに戻ってくるだろうし……」

『いっしょにねる! きゅお!』

「そうだな、それもいいな」

「きゅお~」


 だが、朝までジゼラは戻ってこなかった。


「やっと朝日か」


 俺は寝ずに夜明けを迎えた。

 一日で最も寒い時間帯。ヒッポリアスの横で毛布にくるまっていても寒い。

 ピイが暖めてくれていたから、まだましではった。


「ピイ、ありがとう。お腹減ってないか?」

『へってない! ぴい~』

「そうか」

「……きゅ~ぉぅ」

 ヒッポリアスは気持ちよさそうに寝息を立てている。

 子供なのだから、ヒッポリアスは寝ていいのだ。


「やっぱりヒッポリアスは寒さに強いんだな」


 巨体ゆえか、脂肪のおかげか。

 ヒッポリアスは朝の冷たい空気の中平然と寝息を立てていた。


「ジゼラは……何があったんだ?」

『しんかすらいむたちは、きけんはないって』

「そうか。ジゼラは何か面白いものを見つけたのかな」

『たぶんそう』


 朝日が昇って少したつと、

「べむべむ?」

 ベムベムがボアボアの家から出てきた。


「ベムベム、ちゃんと眠れたか?」

「べむ~」

「怖くなかった?」

「べむ!」

「そうか。勇気があるな」

「べむ~」

「でも、まだ危険があるかも知れないから、家の中にいてくれ」

「べむ……」

 とぼとぼとベムベムは家の中に戻っていった。


 もう安全だと俺は思う。

 だが、ジゼラが戻ってくるまで、油断しない方が良いだろう。


 もう少し待ってジゼラが戻ってこなかったら、ピイに呼びかけて貰おうと思っていたら、

「テオさーん」

 やっと戻ってきた。


 ジゼラは両肩と頭の上に臣下スライムを乗せて走っている。

 途中で回収しながら、走ってきたのだろう。

 上空には飛竜がちゃんと飛んでいた。


「ありがとう、臣下スライムたち」

「「「ぴっぴい!」」」


 臣下スライムたちは嬉しそうにプルプルすると、ぴょんぴょん跳ねてどこかへ行った。


「ジゼラ、何があったんだ?」

「大切な物を見つけて」

「大切な……? なんだそれは」

「見てもらった方が早いかな。あ、危険は無いよ」


 そのジゼラの言葉を聞いて、みんながわらわらと出てきた。


「ちょっと、イジェ呼んでくるね。テオさんはヒッポリアスに乗ってついてきて」

「ん?」

「飛竜! きてー」

「がお」

「乗せて、イジェ迎えに行くよ」

「があぅ~」

「イジェを乗せたら、そのまま向かうから準備しておいて」

「……うん」


 ジゼラがなにをしたいのかわからない。

 だが、ジゼラは説明の言葉が足りないときがたまにあるのだ。


「ヒッポリアス、起きてくれ」

『きゅお~、ごはん?』

「ご飯は……ごめん」

『そっかー。だいじょうぶ。ひっぽりあすおなかいっぱい』

「あ、とりあえず、これを食べなさい」


 俺は魔法の鞄から焼いた魔猪の肉塊を取り出した。


「きゅおー」

 小さくなってヒッポリアスはむしゃむしゃ食べる


「ヒッポリアス。どうやら、ジゼラが俺に見せたいものがあるみたいでな。乗せて走って欲しいんだ」

『わかった。ておどーるも、おにくたべる?』

「ん。ありがとう。でも大丈夫だよ。俺は後でたべるからね」

「きゅおー」


 ご飯を食べ終わったヒッポリアスに水を飲ませた。


『ておどーる、おなかすいてない? のどは?』

「大丈夫だよ。水は飲んでいるからね」

「きゅおー」


 ヒッポリアスは俺がお腹を空かしていないか心配のようだ。


「大丈夫、ジゼラの用はすぐに終わるさ」

『そっかー』

 そして、ヒッポリアスは大きい姿に戻った。

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