272 ミミをみんなに紹介しよう
拠点に着いたら、ミミとメエメエ、母ヤギに施設の説明を開始する。
「ミミ! これは廊下だ。建物同士を繋げたんだ。冬も寒くないようにね」
「めえ~」
「――ここがトイレだ! とはいえみんなの宿舎にもトイレがあるから利用されることは少ないんだが……」
「めえ~~」
「――ここがヒッポリアスの家だ! いつも俺はここで寝起きしている。フィオとかシロもそうだよ」
「きゅお!」
「めえ~~」
「俺に何か用があるときは、ここに来てくれればいい」
「め!」
「――そしてこっちが……」
建物を一棟ずつ説明していく。
ミミは好奇心が強いらしく、説明を楽しそうに聞いていた。
「最後に、食堂だ。多分、沢山人がいるからびっくりしないようにな」
「めえ」
「ミミ、抱っこしようか?」
シロの背中の上より、俺に抱っこされていた方が安心すると思ったのだ。
「め? ……めえ!」
どうやらミミは抱っこして欲しいらしい。
「よし、任せろ」
俺はミミを抱き上げた。
尻尾が勢いよく揺れる。
「ミミの毛は柔らかいな」
そして、暖かい。
「めえ~」
「よし、じゃあ入るぞ」
俺は食堂の扉をそっと開ける。
冒険者たちが楽しそうに話をしていた。
今日は休みの冒険者が多いのだ。
本当は周辺学術調査の予定もあったのだが、学者先生が強烈な筋肉痛になったのでお休みだ。
昨日、麦の収穫で張り切りすぎたせいだろう。
「みんな、今いいか?」
「その子が例の子ヤギですね」
裁縫仕事をしていたヴィクトルが手を止めてこちらに来る。
「…………」
ミミはヴィクトルを見てびくりとする。
なにやら人見知りしているらしい。
いま紹介してもミミは緊張するだろう。
ミミが落ち着くまで、少し待ったほうがいい。
だから、しばらく俺はヴィクトルたちと雑談することにした。
「そうだ。みんなは作業中か?」
「ええ、イジェさんの村から頂いた冬服を手直ししています」
ヴィクトルは俺の考えを察して、ミミをあまり見ないようにして応対してくれる。
声も、静かに落ちついた調子だ。
「久しぶりの裁縫仕事だよ」
冒険者たちも落ち着いた静かな声で話してくれる。
俺が抱いたミミが怯えた様子なのに気付いてくれたようだ。
「そうか、みんなで室内作業するなら食堂か」
「個室だと飽きるからな、みんなで話しながらがいいだろう?」
「言ってくれたら手伝うのに」
「テオさんには、今日一日だけで、サイロにヤギの家、暖炉を作っていただきましたから」
「そうだそうだ。テオさんばかり働かせるわけにはいかないだろ?」
戦士の冒険者が小さい針を器用に動かして作業している。
丸太のように太い腕とそれに見合った太い指だというのに、動きが繊細だ。
「見かけによらず、裁縫がうまいんだな」
「俺たちは一般冒険者だぞ。一般冒険者のパーティにテオさんはいないんだよ」
戦士の冒険者はにやりと笑った。
「なるほどなぁ。それもそうか」
スキル持ちの雑用係など普通のパーティにはいない。
だが、冒険中、衣服は当然破損する。
その時、自分たちで直せなければ話にならない。
いちいち服が破れた程度で、引き返すことはできないし、変わりの衣装を持っていく余裕もないのだから。
ちなみに、ジゼラは裁縫は苦手だ。
俺が衣服の修復も担当していたので、身に着ける必要がなかったからだろう。
「テオさんは裁縫苦手なんだろう? 製作スキルでも衣服は中々難しいと聞いたぞ」
「それはそうだ。もちろん修復も仕事ではあるんだがな。なかなかな」
俺が担当したのは応急処置だ。
破れた部分をふさぐ。ジゼラたち若者の成長に合わせた手直し。
見た目や快適性は二の次にして、とりあえずつぎはぎして凌ぐので精いっぱいだ。
「武器防具は命にかかわるから必死に直すんだが……見た目が悪くても魔物は気にしないからな」
「そりゃそうだ」
「ちげえねえ」
そんな会話をしながら、俺はミミの様子を観察しつづけている。
冒険者たちもミミが気になるのか、ちらちらみている。
だが、皆一流の冒険者だけあって、ミミに気付かれないようにさりげなく見ている。
当初、ミミは怯えた様子で、俺にくっついてプルプルしていた。
だが、今ははきょろきょろとして冒険者たちを観察し始めていた。
俺と仲良く話すみんなを見て、怖くない人たちだと思ったらしい。
「ミミ、みんなに紹介していいかな?」
「めえ~」
ミミは元気に鳴いた。
「すぐに紹介するよ。みんなも入ってくれ」
俺はメエメエと母ヤギも室内に入ってもらう。
「おお、部屋の中でみると外で見るより立派にみえるなぁ」
メエメエが大きいので室内が狭く感じるほどだ。
「大人のヤギはみんなも昨日会ったから知っているよな」
「ああ」
「それで、この子はミミ。今日やってきた赤ちゃんヤギだ」
「めえ~」
「ヴィクトルです。よろしくお願いしますね」
ヴィクトルがミミに頭を下げる。
「めえぇ」
「撫でていいらしいよ」
「ありがとうございます」
ヴィクトルが優しく背中を撫でると、ミミは尻尾を振った。
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