250 走るヒッポリアス

 イジェの村で採用されていたならば、鏡は有効なのだろう。

 それにケリーも理にかなっているという。

 輻射熱はきっと反射すれば、効率がいいのだ。


 旧大陸には鏡で反射する暖炉はなかった。

 知らない物を作れるのは、製作者冥利に尽きる。


「とはいえ……」


 俺は少し考える。

 素材は何なのか、角度はどのくらいが最適なのか。

 構造はどうすればいいのか。

 とても気になる。


「金属の鏡の現物が見たいな」

「テオさんは、何度もイジェの家に行っただろう? 見てないのかい?」

「多分。目にしていると思う。だが鑑定していないからな」


 人の家の物を勝手に鑑定するのは、失礼な行為なのだ。

 実際にやっても、滅多にばれることはない。

 だが、バレなければいいというのは違うと思うのだ。


「テオさん、イジェのムラにイッテミル? ノコリのアカイイシもトリニイキタイシ」


 村には赤い石が全部五十個あったが、今イジェが持ってきてくれているのはそのうちの十個だという。


「助かるが、砂糖作りは大丈夫か?」


 俺はそう言いながら、砂糖作りの工程を考える。


 経過時間から推測すると、

「今は甜菜を取り出して、灰汁を取りながら煮詰める工程かな?」

「ウン。ソウ。もうムズカシイトコロはないし、アーリャたちがミテクレテイルし」

「そうか、じゃあ、お願いしようかな」

「ウン! イッショにイコウ!」

「じゃあ、ヴィクトル、みんな、少し行ってくる」

「はい、待ってますよ」


 出発する前に、赤い石に誰かがぶつからないようにしたほうがいいだろう。

 転んで、顔から突っ込んだら大やけどだ。


 俺は製作スキルを行使する。

 素材はそのあたりにあった土と石だ。

 それで、赤い石を囲む簡単な柵を作っておく。


「これで、うっかり突っ込む奴はいないだろう」

「きゅお」


 子供たちが通れないように、柵の隙間を狭くするのは忘れていない。


「ヴィクトル、サイロの他にヤギたちの小屋を建てておいた。後で確認しておいてくれ」

「わかりました。昨日おっしゃってたやつですね」

「そう。あとヤギの群れには、子ヤギが一頭いるらしくてな」

「ほう、昨日いなかったのは警戒してですか?」

「その通りだ。今朝ジゼラたちと周囲の偵察を改めてして、安全が確認できたから連れてくるみたいだ」

「それは、素晴らしい」

「ちなみにジゼラはメエメエと子ヤギを迎えに行ってる」

「わかりました。後で挨拶に行ってきます」

「頼む」


 子ヤギと聞いて、冒険者たちも目を輝かせていた。

 ヤギは大人でも可愛いが、子ヤギのかわいさは格別なのだ。


「ヒッポリアス……」

「きゅおっ!」


 何も言っていないのに、ヒッポリアスは大きくなってくれた。


「ありがとう。イジェの村まで連れて行ってくれ」

『きゅお! まかせて!』

「イジェも」

「ウン、ヒッポリアス、オネガイ」

「きゅうおー」


 そして、俺はヴィクトルたちに言う、


「とりあえず、急いで行ってくる。そんなにかからないはずだ」


 イジェは「ダイジョウブ」言うが砂糖づくりの作業もあるし、なるべく急いだ方がいいだろう。


「はい、お任せします」

「フィオ、シロ、ここは任せた」

「まかされた!」

「わふ!」


 すると子魔狼たちが、ヒッポリアスの足に、自分の前足を乗せた。

『いく』「ぁぅ」『のせて』

「うーん、クロ、ロロ、ルルも来たいのか?」

「「「わふ」」」


 おねだりする姿が可愛いので、少し迷った。

 だが、子魔狼たちはそろそろまたお昼寝の時間である。

 それに、子魔狼たちを連れて行くとなると、ボエボエとベムベムも付いてきたがるだろう。

 そうなると、結構大変だ。


「クロ、ロロ、ルル。今回はフィオとシロと一緒に留守番を頼む」

「ぴぃー」


 クロが不服そうに鼻を鳴らした。


「また、あとで遊んであげるから」

「くぅーん」


 俺は子魔狼たちの頭を順番に撫でる。

「ぶい」「べむ」

「ボエボエとベムベムも留守番を頼むな」

「ぶぶい!」「べべむ!」


 ボエボエはふんふんと鼻息を荒くして、任せろと言っていた。

 ベムベムは両手をぶんぶんと縦に振って、任せろと言っている。


「じゃあ、また後でね」


 俺はヒッポリアスの背に乗り、イジェの手を取って引き上げる。


「アトデね!」

「ヒッポリアス、イジェの村までお願い」

『まかせて! きゅうおおおお』


 ヒッポリアスは力強く走り出す。


「きゅおー」

「いつもより速いな!」

「きゅおきゅおー」


 ヒッポリアスはとても楽しそうだ。

 力強く地面を蹴って、加速していく。


「フワアァ。キャアー」

「怖いか?」

「ダイジョウブ! タノシイ! キャアー」

「きゅうおー」


 ヒッポリアスの高速移動をイジェも楽しんでいるようだ。

 叫んでいるが悲鳴ではない。子供がよくあげる遊びの叫びだ。


『ておどーる! しっかりつかまってて!』

「わかった」


 ヒッポリアスは俺にイジェが落ちないように気をつけろと言いたいのだろう。

 俺はイジェが落ちないように、しっかりと腰の辺りを掴む。


 次の瞬間、

「きゅうぅおぅー」

 ヒッポリアスは跳んだ。


 いつもは迂回している高さ三メトルぐらいある崖を、高速で走ったまま飛び降りたのだ。

 ふわっという浮遊感を覚える。


「キャアアー」


 イジェの叫びも楽しそうでなによりだ。

 子供はよく叫ぶ。


 いつもしっかりしているが、イジェも子供なのだ。

 たまには叫ばせてあげた方が良いのかも知れない。


 フィオもヒッポリアスの背中に乗せてあげた方が良いだろうか。

 そんなことを考えた。


「きゅうおおおお」

 ヒッポリアスはそのまま高さ二メトルほどの崖に突っ込んで行く。

 そして、ぶつかる直前、力強くびょんと跳ねた。


「フギャアアア、ヒッポリアススゴイ!」

「きゅおー」


 イジェが喜んだので、ヒッポリアスも嬉しそうだ。

 巨大な体で走って跳ねて、まっすぐにイジェの村へと走っていった。

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