242 冬の過ごし方と赤ちゃんの季節
それからストラスは俺を見る。
「ほっほう?」
「そう。カヤネズミ用の出入り口の周りにシロがおしっこしたら、野良ネズミを防げるかなって」
「ちゅ~」
「そもそも、野良ネズミは近づかないか」
「ちゅちゅ~」
人の鼻では気付かないが、ネズミの鼻では、シロの匂いだらけなのだという。
「ちゅ~」
「そうか、追加で撒いても、今更意味が無いと」
「ちゅちゅ」
「ストラス、この集落の近くに野良ネズミってどのくらいいるんだ?」
「ほぉ~う」
「近くの基準によるか」
「ほう」
ネズミを捕食するために、少し飛ぶ必要はあるらしい。
「じゃあ、野良ネズミのことは気にせず、カヤネズミの出入り口を作れるな」
「ちゅ!」
俺は安心して、小屋の構造を考えていく。
あとは上水を通す位置と下水の位置だ。
暖炉はどういう構造になるかわからないので、どこにでも設置できるように余裕を持たせた方が良いだろう。
「水道と下水は、ボアボアの家にあるのと同様でいいか?」
「めえ~」「ちゅちゅ」
「ストラスたちは?」
「ほっほほう」
「水道は同じでいいが、トイレは使わないと」
「ほう」
「フクロウって言うか、鳥はトイレを我慢できないんじゃないのか?」
鳥は、飛ぶ関係上、なるべく体を軽くしたい。
だから、鳥の体は、トイレを我慢できる構造になっていない。
「ほっほう~」
「え、我慢できるのか?」
「ほう~」
「苦手だけど我慢できると。ふむ」
俺がカヤネズミと話し始めてから、ずっと無言でメモを取っていたケリーの目が輝いた。
メモを取る速さが加速する。
「ほう? フクロウたちはトイレを我慢できるのか。どのくらい出来るんだ?」
「ほ、ほう」
「フィオ! 頼む」
「わかた! え。なんで、そんなこと、だて!」
ストラスは困惑しているようだった。
急に自分のトイレ事情を目を輝かせて聞かれたら、誰でも困惑するだろう。
「ストラス、ケリーは魔獣学者なんだ。だからなんでも知りたいんだよ」
「ほっほう」
「それはしてるけど! といれはきたないし、だて!」
「よいか、ストラス。トイレを我慢できる鳥は珍しいのだ、だから知りたい。教えてくれ」
「ほう……」
「わかたけど……だて!」
困惑しながらも、ストラスはケリーの聴取に応じるようだった。
「あ、ストラス先にこちらの質問に答えてくれ。ケリーすまん」
「ほっほう?」
「トイレはボアボアの家にある奴でいいか?」
「ほう!」
ストラスは、ボアボアの家のトイレで充分用を足せるから安心しろと言ってくれた。
「ありがとう、助かる」
そして、俺は小屋の構造を考える。
頭に思い浮かべる小屋の構造が、どんどん具体的になっていく。
俺がそうしている間、ケリーがメエメエと話している。
「ヤギって、春頃に産まれるのが普通なんじゃないか?」
「めえ~」
「そんなやぎもいる」
旧大陸のヤギは春頃一斉に生まれる。
それは、寒いうえに餌が少ない冬を、赤ちゃんが生き延びるのが難しいからだ。
「秋に生まれるのは珍しいのではないか?」
「め~め」
「そう、つごうよくはいかない。ひともそうだろ、いてる」
「たしかにな。……そういうことか」
「どいうこと?」
「ほら、人は別に冬だろうと秋だろうと、子供を産むだろう?」
「わかんない」
フィオが首をかしげる。
「そうか。フィオは人の赤ちゃんをみたことないのか」
「ない!」
フィオは物心つく前に捨てられて、魔狼に育てられたのだ。
人の赤子を見たことなくても当然だ。
「フィオ、動物は同じ種族なら基本的に生まれる季節が大体一緒なんだ」
「ほむ? おおかみは?」
「狼は春だな。魔獣じゃない狼は基本的に春に産まれる。魔狼もほとんど春に産まれるぞ?」
「あ、くろ、ろろ、るるははるうまれた!」
「そうだろう。シロもきっとそうだぞ」
ヒッポリアス、ベムベム、ボエボエと子魔狼たちの遊びを見守っていたシロの耳が動いている。
シロもフィオとケリーの話を聞いているのだろう。
「どして、はる?」
「それはだな、草木も茂ってくるだろう? そうなれば、それを食べる動物も増える」
「おおかみのえさもふえる!」
「そういうことだ。餌がたくさんあれば、お母さん狼も乳がよく出るようになるしな」
「ほむー。ひとは?」
「人はいつでも産まれる」
「なんで?」
「食料を蓄える技術が高いからかもしれないな」
「そかー」
ケリーとフィオの会話を、ヤギたちとカヤネズミたち、フクロウたちも聞いている。
「みなは、ごはんためないの?」
「めえ~」
「ゆきのしたのくさをたべるの?」
「めぇ」
「きのかわかー」
草が無くなれば、木の皮を食べるという。
「かやねずみたちは? ふゆなにたべるの?」
カヤネズミたちはよく虫を食べている。
だが、冬のあいだ虫は居なくなるのだ。
「ちゅー」
「そかーたねかー」
「ちゅ」
カヤネズミたちは地面に落ちた種などを食べるらしい。
「めえ~」
「ちゅ~」
「そかー。ふゆはごはんがたりなくなるのかー」
ヤギやカヤネズミにとって、やはり冬は耐え忍ぶものなのだ。
秋の間にたくさん食べて、脂肪を蓄え、冬の間は少ないご飯でなんとか耐えるのだ。
「いまのうちに、くさをためないの?」
「めえ~」「ちゅ~」
フィオの言葉に、ヤギたちとカヤネズミたちは首をかしげた。
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