236 赤い石

「イジェ、砂糖作りはいいのか?」

「ダイジョウブ。アーリャがガンバッテクレているから」

「そうか。アーリャがやっているなら安心だな」

「ウン」


 そんなことを話しながら、中庭へと移動する。


 中庭には暇そうな冒険者たちが三人ほどいた。


「実験だな!」「どんな魔道具なんだ?」


 ヒッポリアスたちと冒険者たちに見守られながら、俺は地面にその赤い石を置いた。


「まだつめたい!」


 その赤い石を触って、フィオは嬉しそうに言う。


「まだ魔力を込めてないからな」

「ふぃおがこめる?」

「最初は俺が込めようかな」


 フィオも魔力を込めることはできるだろうが、もし出力が高すぎた場合危険だ。

 最初は大人がやるべきだ。


『ひっぽりあすがこめる? ひっぽりあすつよいよ!』「わふ!」

「ヒッポリアスとシロもありがとう。でも最初は俺がやるよ」


 キラキラと目を輝かせるフィオの横で、ヒッポリアスとシロも尻尾を振っている。

 子魔狼たちは気になって仕方ない様子で、赤い石の匂いを嗅いでいた。


「クロ、ロロ、ルルは触ったらダメ」

「わふ?」「……」『だめ?』


 子魔狼たちは「熱くないけど?」と言いたげな目でこちらを見る。


「だめ」


 子魔狼たちは、赤ちゃんに近い子供だが、魔力がある。

 それも並の魔物よりも強いぐらいの魔力だ。

 白銀狼王種という種族自体が桁外れに強いので、赤ちゃんでもそれなりに強い魔力を持っている。


「クロもロロもルルも、魔力の使い方知らないから、ダメ」

「「「きゅーん」」」

「甘えてもダメ」


 魔力の扱い方がわからない赤ちゃんなのに、強い魔力を持っているということは、間違って魔力を込めてしまう可能性があるということ。


「フィオ、シロ、クロ、ロロ。ルルを少し離して」

「わかた!」「わう!」

『ひっぽりあすは?』

「ヒッポリアスは、もし赤い石が想定以上に発熱したときに、氷の魔法とかでなんとかしてくれ」

『わかった!』


 ヒッポリアスの鼻息がふんすふんすと荒くなる。


「ナレテるイジェがヤル」

「だが……」

「キケンジャナイよ?」


 持ち主がそういうのなら、そうなのかも知れない。


「わかった、任せる」

「ウン。ミテテ」


 みんなが見つめる中、フィオは赤い石に触れて魔力を込めた。


「ハイ、コレでオワリ。カンタンデショ?」


 俺は鑑定スキルをつかって、赤い石の温度を確かめる。


「ほとんど温度が上がってないようにみえるが……」

「……なんもない? しぱい?」

『しっぱいした? きゅおー』

「……」


 ロロとルルを抱っこしたフィオとヒッポリアスが不安そうに俺を見る。

 クロを口に咥えたシロは無言で俺を見ている。


「シッパイじゃないよ。コレデセイコウ」

「だが、イジェ。あまり熱くなっているように見えないぞ?」


 俺がそういうと、冒険者たちが赤い石に触れる。


「うん。たしかに少し暖かくなっているけど……」

「これは懐炉じゃないか?」

「ああ、懐炉なら丁度いいな」


 懐炉は旧大陸で使われる暖をとるための携帯具だ。

 もっとも一般的なのは適度に熱した石を布でくるんだものだ。


「コレカラアツクナル! ダイタイ、イチジカンぐらいタッタラ、スゴク、アツクナルよ!」

「そうなのか。本領発揮まで時間が掛かるんだな」

「ソウナノ。カワリにジゾクジカンがナガイ」


 それを聞いて、腑に落ちた。


「なるほど、だから料理のときに使わなかったのか」

「ウン。アサイチジカン、ハヤクオキルノはタイヘン」

「たしかにな」

「ねむい!」


 フィオもうんうんと頷いている。


「あー、朝は長く寝ていたいからな。一時間早起きするぐらいなら薪を使うよな」

「ソレニ、ナツだから」


 イジェの言葉にみんなが頷いた。

 ただでさえキッチンは暑くなるのだ。


 赤い石は一度魔力を込めたら、一日中熱を発し続けるのだ。

 昼や夜にはキッチンの温度が大変なことになる。


「これからの季節は赤い石で料理してもいいかもしれないな」

「ソレもアリかも、マリョクはヨルにコメレバ、アサおきてヒオコシしなくていいし」


 そんなことを話しながら、赤い石に触れてみる。

 じわじわと温度が上がっているようだが、まだ温い。


「……コレをイレるバショのコトを、ダンロだとオモッテタ」


 そういって、イジェは赤い石を見つめている。

 この石を囲んで家族と団らんしていたことを思い起こしているのかもしれなかった。


 イジェにとって、暖炉とは、この赤い石を置いておく場所なのだ。

 だから、当然、俺たちが暖炉を作ると言ったとき、それを頭に浮かべていたのだろう。


 そして、砂糖作りの途中で、冒険者たちとの会話の中で、違和感に気付いたのだ。

 自分がダンロだと思っていたものと、俺たちが暖炉だとおもっているものが違うことに。


「言語神にとっては、どちらも暖炉か」


 たしかにどちらも暖かい炉であることには変わりがない。

 遠く離れた場所で生まれた俺たちの間で言葉が通じるのは、ともに同じ神の作った言語を使っているからだ。


「コノイシがナイと、キをタクサンキラナイとイケナクナル」

「そうだよ。だからたくさん木を切ったんだ」

「小さな村ならともかく、大きな町だと大変だよ」

「タイヘンそう」

「ああ、大変なんだ。一冬超すために、一家族でこ~~のぐらい薪を使うからな」


 冒険者の一人が、十歩ぐらい歩きながら手振りで示す。


 それを見てイジェは目を丸くした。

「ヤマがハゲちゃう」

「はげる事もある」

「ウワァ。タイヘンだ」

「わふぅ」


 イジェとフィオは驚いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る