226 カヤネズミ
ネズミを背中に乗せているのは大人のヤギだけでない。子ヤギも背中にしっかり乗せている。
計二十匹のネズミを連れている計算になる。
百分の五メトルほどの小さなネズミだった。
「めえ!」
「なるほど。友達のネズミか」
「チュチュチュ」
「よろしく。俺はテオドールだ」
「ふぃお!」
テイマーの俺とフィオが自己紹介すると、二十頭のヤギが集まって来る。
挨拶するためだろう。
俺とフィオは、改めて名乗って、一頭一頭全員の頭を撫でていく。
ヤギたちの背中に乗るネズミも挨拶してくれるので、優しく撫でるのは忘れない。
俺とフィオがネズミのことを撫でていると、ヴィクトルがやってくる。
ヴィクトルは、ヤギとネズミを刺激しないように非常にゆっくり動いていた。
「魔獣のネズミですか?」
「ヴィクトルも気付いたか。その通りだ。小さいけどな」
体は小さいが、それなりに強い魔力を持っている。
本気になれば、魔獣じゃない犬程度ならば追い返すだろう。
「チチュチ」「めえ~」
「ほう、虫を食べると」
小さなネズミが虫を食べ、メエメエたちヤギが雑草を食べる。
俺がネズミを撫でていると、横からケリーが手を伸ばしてネズミを撫でる。
ケリーに撫でられても、ネズミは嫌がる様子はなかった。
大人しく撫でられている。
「魔カヤネズミだね。初めて見るよ。旧大陸には存在しない種族だ」
「カヤネズミ?」
「そう、麦畑とかに住む小さなネズミだよ。大きさは旧大陸のカヤネズミも大差ない」
「虫を食べるのか? 麦は?」
農村出身の俺としては、ネズミには害獣のイメージがある。
「カヤネズミは虫が主食かな、麦も食べなくもないけど、雑草とか虫がメインのはずだよ」
「そうなのか」
「チチチュ」
「なるほど、賢い人との約束があるから燕麦は食べないと」
「チュチュ」
「ほうほう。燕麦に付いた虫を食べるかわりにヤギに保護してもらうと」
どうやら、ヤギにカヤネズミを保護するよう依頼したのは、イジェの一族らしかった。
魔獣だから、カヤネズミは、ただのカヤネズミよりははるかに強い。
だが、小さいので、捕食対象になりやすい。
だから、ヤギと一緒に行動することで、カヤネズミたちの安全度があがるのだ。
「チチチィ」
「む? 鳥たちが自分たちを食べないようにもしてくれていたと。賢い者が?」
「チチュ」
「その鳥はどこにいるかわかるか?」
「めぇ?」
「ああ、もちろん鳥を食べたりしないし、危害を加えたりもしない」
「めめえ?」「ちちちちゅ?」
どうやら、ヤギとカヤネズミはイジェの一族が燕麦の畑を中心に結んでいた協定の続行を望んでいるらしい。
ヤギは削蹄と毛梳きをしてもらう代わりに、雑草だけを食べ、カヤネズミを背中に住まわせる。
カヤネズミはヤギの背中に住まわせてもらい、鳥に話をつけてもらう代わりに虫を食べる。
そういう協定だ。
鳥が、どのような条件でカヤネズミを食べないことにしたのかはわからない。
それは鳥に直接聞いてみなければならないだろう。
「わかった。望むのならば、賢い者とヤギやネズミ、鳥が結んでいた協定を結び直そう」
「め?」「ちゅ?」
「俺とこのフィオがテイマーだからな。協定を結び直すことは可能だよ」
「ふぃおもがんばる!」
「チュチュ」「めぇめぇ」
「もちろん、俺たちの仲間の魔狼や竜、キマイラがヤギとカヤネズミを食べないようにすることも約束できる」
「めぇ!」
ヤギたちは嬉しそうに鳴いた。
特に魔狼に食べられないという点が嬉しかったようだ。
シロの家族にとって、ヤギは恐らく捕食対象だったのだろう。
「あとは、鳥がなんと言うかだな。鳥がどこにいるかわかるか?」
「めえ!」
メエメエはは一声鳴いて、上を向く。
はるか上空を五羽の鳥が旋回していた。
「あれが燕麦協定の最後の一員である鳥か」
遠すぎて、種族がわからない。
恐らく千メトルほど上空を飛んでいるらしい。
「ふむ? 鷹……いやフクロウかな?」
ケリーも判別が付かないらしい。
この距離ではテイムスキルも届かない。
「降りてくるのを待つしか無いか」
「めえ~」「ちゅちゅちゅ」
今のうちに皆に紹介しようと思ったのだが、
「めええめええ!」「チュチュチュチ」
ヤギとカヤネズミが拠点の方を見て騒ぎ始める。
そちらを見ると、イジェがこちらに走って向かってきていた。
「クシ、トッテきた!」
イジェの手には大きな櫛が握られていた。
イジェは、ヤギが来たので、ヤギの毛梳き用の櫛をとりに拠点に戻っていたようだ。
「めえめえ!」
興奮気味のヤギたちが、イジェに群がる。
「ジュンバンだよ!」
「めえ!」
イジェがメエメエから順番に毛梳きを始めようとした。
そのとき、大きな鳥が一羽、地上へと降りてきた。
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