218 ヤギとの約束

 俺はヤギのお腹を撫でる。


「ヤギは、勇気があるな」

「めえ!」

「削蹄してもらえなければ、どうせ冬を越せないか……なるほどなぁ」

「めえぇぇ!」


 ヤギが一頭でやってきた理由はわかった。

 だが、まだ俺にはヤギに聞きたいことがあった。


「ところで、燕麦の畑に生えた雑草を食べていたのはヤギたちか?」

「めえ~」


 どうやら、ヤギたちが雑草を食べていたらしい。

 燕麦の畑に雑草がほとんど生えていない理由がわかった。


「イジェの一族と約束していたから雑草を食べていたと」

「め~」

 削蹄と毛刈りをしてもらうかわりに、雑草を食べるという約束らしい。


「イジェの村には優秀なテイマーがいたのだろうな」

「ソウナの?」

「恐らくな。そうでもないと説明が難しい」


 テイムの第二段階は対等な協力関係を築くことだ。

 対価を払って、協力してもらう関係である。

 つまり、イジェ一族のテイマーは、削蹄と毛梳きという対価を払って、野生の燕麦畑の雑草刈りを依頼したのだろう。


「ヤギ、燕麦を食べたくはならないのか?」

「めめえ~」

「ほう、燕麦は特別おいしいわけではないと」

 ヤギとしてはその辺に生えている雑草と味に大差はないらしい。


「めえ」

「それに、約束だからか。なるほどなぁ」

「め!」


 イジェを残して村が全滅したあと、対価である削蹄と毛梳きの支払いはなかったのだ。

 本来のテイムの条件的に、ヤギたちが燕麦を食べ尽くしても文句は言えない。

 そして、大概の動物は、食べ尽くすだろう。


「めえ~」

「賢い人たちが悲しむからか……義理堅いな」

「アリガトウ」


 その後、ヤギは群れのもとに戻ることになった。

 群れに俺たちの安全を告げに行くらしい。

 それに、最近お腹いっぱい雑草を食べることができなかったから、沢山食べたいとのことだった。


「ヤギ、マタ、アトデね」

「めえ!」


 ヤギはしばらくイジェと別れがたくしていたが、意を決して去っていく。

 元気にぴょんぴょんと跳びはねるようにして、冒険者たちの間を駆け抜けていった。


「元気になってよかったよ」

「うん。ヤサシいヤギダッタね」

「そうだな。それにしても、イジェの一族は凄いな」

「スゴイ?」

「ああ、本当に凄いよ」


 周辺の魔物たち、ボアボアや、陸ザメたち、ヤギたちとうまく協力して生活していたのだ。

 テイムスキルだけでなく、様々なスキルを駆使して生活していたのも間違いないだろう。

 ここまでスキルを利用し、周囲に溶け込んでいる村は旧大陸にはなかった。


「神に愛されし一族か」

 スキルは神からの恩寵とされている。

 ならば、イジェたちは神に愛されていたとしか言いようがない。


「カミ?」

「ああ、俺たちに言葉とかスキルをくれる、よくわからない凄い奴らだよ」

「ソウナンダ。イジェもスキルモラエルの?」

「わからない。スキルは誰でも貰えるわけではないからな」

「ソッカー」

 イジェはしょんぼりしている。


「だけど、気づいていないだけで、発現している可能性もあるし、これから発現する可能性もあるし」

「ナンサイぐらいでハツゲンスルの?」

「人によるかな。フィオは小さいのにもうスキルが発現しているし」

「フィオよりオオキなイジェは。モウハツゲンしない?」

「わからない。だけど、大人になってから発現する人もいるよ」

「ソウナンダね」

「期待しすぎない程度に、気長に待っていればいいさ」

「ウン。ヴィクトルさんは、スキルあるの?」


 イジェはヴィクトルに尋ねる。


「ありますよ。テオさんほど珍しいスキルではないですが」

 優しく、孫に諭すかのようにヴィクトルは答える。


「ナンのスキルなの?」

「武器格闘と体術ですね。スキルが無くても行えることですから、価値はあまりありませんが」

「そんなことはないだろう、冒険者としてはかなり有用だ」

「もちろんそうですけどね」



 そんなことを話しながら、俺とイジェとヴィクトルがヒッポリアスの元へと戻る。


「きゅお~」

「ヒッポリアス、お疲れ様」

『みみずみつけた!』

 どや顔の、ヒッポリアスはミミズを前足で踏んづけている。

 ただのミミズではない。魔獣のミミズだ。

 体長は俺の身長より長く、太さは俺の太ももより太い。

 そんなミミズを潰れない程度かつ、逃げられない程度の、絶妙な力加減で押さえつけていた。


「おお、立派なミミズだな」

『けりーよろこぶ?』


 以前、ケリーが魔獣のミミズを捕まえて喜んでいたことを覚えていたのだろう。


「そうだな、喜ぶと思うよ」

「きゅうぉ~」

「でも、ミミズは持っていかなくてもいいかな。ミミズがいたことを教えて、土を持っていけば喜ぶと思うよ」

「きゅお?」

「ヒッポリアスがミミズを見つけてくれただけで、ケリーは喜ぶよ」

『ソッカー』

「だから、放してあげてもいいよ」

『わかった!』


 ヒッポリアスが足を離すと、ミミズはもぞもぞと移動していった。


「意外と速いな」

「同サイズの蛇ほどではないですけどね」

「ア、モグッテイッタ。モグルのもハヤイ」

「この畑の土壌を作り上げていたのは、魔獣のミミズだったのかもしれないな」

「ソウダね」

「きゅうおー」

「ツチ、マジックバッグにイレる?」

「土に限らずサンプルなら俺たちが沢山採ってあるから、安心してくれ」

 そういったのは地質学者だった。


「さすが、抜かりがないな」

「それが俺の仕事だからな。あとでケリーにもデータを提供して、みんなで研究するさ」

「研究が進みますね!」


 地質学者と気候学者は嬉しそうに笑っていた。

 調査が順調で、嬉しいのだろう。

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