217 削蹄

 馬に乗っていれば、蹄鉄が外れることは当然ある。

 その時、蹄鉄を付け直すのは、雑用係の俺の仕事だ。

 蹄鉄を付け直す際に、削蹄して蹄を整えることもよくやっていた。


「ですが、テオさん、馬とヤギは違うのでは?」

「ヤギもしたことあるぞ。馬の削蹄を習った時についでに教えてもらったし」


 天候や季節などの理由で、農村にしばらく逗留することがあった。

 そういうとき、暇なので、家畜の削蹄を手伝ったりもしたものだ。


「ヤギより牛が多いけどな。後はロバとか」

 牛も羊もヤギもロバも削蹄したことはあるのだ。


「痛そうだし、早速やろうか」

「めえ」

「まず、トゲを抜かないとな……痛いぞ?」

「め」

 覚悟が決まった様子で、ヤギが右足を前に出す。


「うん、一瞬で抜くためには……」

 毛抜きを作るのが早いだろうか。


『ぴい! ぴいがぬく!』

「お、ピイ頼めるか?」

『まかせて!』

「ヤギ。ピイがトゲを抜いてくれるよ。怖くないから安心してくれ」

「めぇ」


 ピイは地面に降りると、ヤギの右前足を全身で包み込む。


『とれた』

 ピイは俺の指先ほどの長さのトゲを体表に持って来て、俺に見せる。

「器用だな、ありがとう」

「ぴっぴい!」

「めぇ~」

「おお、抜いたとき痛くなかったし、今は痛みも引いたか」

「めえ~」

「ぴぃ~~」

 ヤギはピイにお礼を言っていた。


 トゲ自体は抜けたが、化膿した傷口はそのままだ。

 それに蹄骨に圧迫されていた部分も気になる。


「傷薬をかけておこう」

 俺はヤギの蹄に、自作の傷薬をかけて傷をいやす。


「病気になってなくてよかったよ」

 蹄の病気にかかっていたら、対処は難しかったはずだ。


「さて、いよいよ削蹄だ」

「めえ!」


 ヤギは立ち上がる。

 体高は俺の身長より少し低いぐらいあった。


「痛くないか?」

「めめえ!」

「歩きにくいが、立っているだけなら痛くはないと」

 トゲを抜いたことと傷薬の効果で、痛みが引いたようだ。


 俺はヤギの右前足を挙げさせて、太もも足の間に挟んで固定する。

 そして、ナイフで蹄を削っていく。


「普通のナイフで器用に削られますね」

「専用の小さな鎌みたいなナイフの方がやりやすいが……ただのナイフでも使い方次第かな」

「スゴイ」


 俺は大胆かつ慎重にヤギの蹄を削っていく。


「ヤギ、一度、地面に足をつけてくれ」

「めえ~」

「うん、もう少し削った方がいいな」

 微調整しながら、削っていく。


 右前足が終わったら、左前足。

 前足が終わったら次は後ろ足だ。


「ヤギは大人しいからやりやすいよ」

「暴れるヤギもいますか?」

「いるよ。ヤギはまだいいけど、牛に暴れられたら、結構大変だよ」

「牛は力が強いですからね」

「ああ、俺にはテイムスキルがあるから、大人しくさせることはできるけどな」

 テイムスキルを持っていない削蹄師の場合、命がけだろう。


「よし、削蹄終わり。ヤギ、ちょっと歩いてみて調子を確かめてくれ」

「めえ!」


 ヤギは周囲を歩きまわり、

「めえええええ!」

 とても快適だ、ありがとうと言って鳴いた。


「毛の方は、後で拠点に来てくれ、場所はわかるか?」

「めえ? めえ~~?」

「そうそう、そこであってる」


 ヤギは俺たちの拠点の存在には気付いていたらしい。

 だが、魔狼の匂いがするし、強そうな竜の匂いもするから近づかなかったようだ。

 いくら魔獣でも、草食動物ならば、当然の判断である。


「そこに来てくれたら、櫛で梳いてあげよう」

「イツデモ、キテ」

「めえ~~」


 ヤギは嬉しそうにイジェにそっと頭をこすりつける。

 イジェよりずっと大きな体を持つヤギは、イジェに触れることに慎重になっているようだ。

 そんなヤギをイジェは優しく撫でた。


「ところで、ヤギ。聞きたいことがあるのだが」

「め?」

「俺たちが畑で見つけた足跡と、ヤギの足跡の大きさが違うんだが……他にもヤギがいるのか?」

「め!」

「そうか、そりゃいるよな」


 ヤギは群れで生活する生き物だ。

 少なくとも旧大陸の俺が知っているヤギの品種はそうだった。


「めえ~」

「なるほどなぁ。最近は足が痛いから、畑には来ていなかったと」

 ここ数週間、ヤギはほとんど歩けていなかったとのことだ。

 座ったまま、近くに生えてきた草を口をもぐもぐするばかり。


「めぇ……」

 巣を作らないヤギは、雨が降ってもそのまま、ずぶぬれになりながら過ごしていたらしい。


「それはつらかったな」

「コレカラはイツデもキテね」

「めっ! めえ~」

 イジェに抱きしめられて、ヤギは体の割に小さな尻尾を勢いよく振る。

 ヤギからはイジェが好きだという感情が伝わってくる。


「今日は群れのヤギたちは連れてこなかったのか?」

「めえ~」

「なるほど。俺たちが悪い奴だった時のことを考えて一頭で来たと」


 小さい賢い人が畑に来た。そう群れのヤギに教えてもらったそうだ。

 だが、小さい賢い人の周りには知らない者がたくさんいる。

 そいつらが安全な人間かわからない。

 だから、命をかけて、ヤギが代表して、ここにやって来たらしかった。

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