216 ヤギの蹄

 俺は泣いているヤギを安心させるように語り掛ける。


「悪魔は倒した。そして、イジェはいま俺たちと一緒に暮らしているんだ」

「ウン、シンパイはシナイデ」

「めえ」

 イジェの一族は、ボアボアやベムベムたちだけではなく、ヤギとも良好な関係を築いていたようだ。



 ヤギが落ちつくまで待って、俺はテイムスキルを継続しながら語り掛ける。


「イジェの一族に何かして欲しいことがあったのか?」

「めぇ~」

「削蹄と毛刈りか。ふむ」


 どうやら、ヤギは削蹄と毛刈りをイジェの一族にやってもらっていたらしい。

 削蹄とは、ひづめを切ったり削ったりすることだ。

 人間の爪切りに相当する。

 毛刈りは、伸びた毛を切る事だ。


「め」

「削蹄はともかく……今の季節に毛を刈ったら、寒くないか?」


 これから秋がやってくる。秋が来たら、すぐに冬だ。

 毛刈りは春から夏の初めにやるものだ。


「めぇ~~」

「なるほど……春に毛を刈れなかったら、今大変だと」


 イジェの一族が魔熊モドキ、つまり悪魔に襲われたせいだ。


「少し調べさせてくれ」

「めぇ」


 俺はヤギに断ってから、毛の状態を調べていった。

 ヤギは大人しく、俺に毛を調べさせてくれる。

 やはり賢くて、大人しい。


「なるほど。表に見える長くて太い毛と中に生えているやわらかい毛があるのか」

「めぇ~」

「シロたちと同じ、ダブルコートって奴か」


 以前、狼には太くて長い上毛と柔らかくて細かい下毛が生えていて、それをダブルコートと呼ぶとケリーに教わった。


「俺の知っている羊毛はダブルコートではなかった気がする」


 羊毛の詳しいことは俺も知らない。

 だが、羊毛刈の時、上毛と下毛を区別していなかったと思う。


「めえ!」

「やわらかい下毛が、これから冬に向けて生えてくると」

 俺はヤギの言葉をイジェとヴィクトルに通訳していく。


「め!」

「それなのに、去年の下毛が生えたままだから、かゆくてしょうがないと」

「めぇ~~」

 どうやら、下毛だけ、何とかして取り除いて欲しいらしい。


「下毛だけ取り除く方法か。羊毛刈りと一緒なら、ただ切るだけだから、楽なんだが……」

「クシで、スク?」

「なるほど。イジェ、いい案だよ」

「ソカナ?」

「夏前に、犬の毛を櫛で梳いたら抜け毛が沢山出るものな」


 犬もダブルコート、このヤギもダブルコートだ。

 ならば、櫛で梳いたら下の毛を薄くすることはできるだろう。


「キョテンにモドレば、ドウグがアルかも」

「ほう?」

「オオキなクシがアッタから、キョテンまでモチカエッタ」

「そんなものがあったのか」

 もしかしたら、ヤギの毛を梳くための道具だったのかもしれない。


「じゃあ、後で俺たちの拠点にヤギに来てもらおうか」

「ウン!」

 毛に関しては何とかなりそうだ。


「めえ~」

 ヤギも、さすが幼くとも賢い者だと感心していた。


 俺たちの拠点までそれなりに距離がある。

 蹄が痛いまま、歩くには遠すぎる距離だ。


「さて、他には削蹄だったな」

「めえ!」

「痛くてたまらないと。そんなに蹄が伸びているのか?」

「めぇ……」

「蹄をみせてみなさい」

「め」

 ヤギは折りたたんでいた前足を伸ばして見せてくれる。


「あー、なるほど。これは痛そうだな」


 蹄が通常の三倍ぐらいの大きさになっていた。

 これでは、真っすぐ歩くのも辛いはずだ。

 日常生活に支障が出るレベルである。

 蹄が伸びすぎると、重心がずれる。

 そうなると、蹄骨に皮膚が圧迫されて蹄底が膿んだり出血することもある。


「うーん。出血した痕があるな」

「めえ!」

「しかも、右前足の蹄に何か刺さってるな。これは茨のトゲか?」

「めえ」

「転倒しかけた際に踏みつけたと」


 蹄が伸びすぎたら転びやすくなる。

 転びかけたら、普段踏まないように気を付けている物を踏んでしまうことも多くなる。


「膿んじゃってるな」

「めえぇ」

 人で言えば、足の親指の爪の間に木のトゲが刺さって抜けない状態に近い。


「これは歩くのもしんどいだろう?」

「めえ」

 蹄を地面につけて立つのがつらかったから、ずっと座っていたらしい。


「めえめめぇ」

「もう、痛くて、日常生活も辛くて、そんな中、イジェがやって来たから痛みを我慢して歩いて来たと」

「め」

「なるほど。どうしてここまで伸ばしたんだ?」

「めええ」

「たまたま、年に一回してもらえる削蹄の機会を二年続けて逃したと」

「めえ~」


 そして、三回目の機会は訪れなかったのだ。

 魔熊モドキによって、イジェの村が壊滅したからだ。


「めぇ……」

「なんどもイジェの村に行ったけど、誰もいなかったと」

 ヤギからは強い悲しさを感じる。

 自分の蹄のこと以上に、イジェたちのことを心配していたようだ。


「めぇ~」

「イジェ。ヤギが、イジェに会えてうれしいって」

「ウン。イジェもウレシイ」


 イジェが、ヤギの頭をぎゅっと抱きしめる。

 ヤギは嬉しそうに「めぇぇぇぇ」と鳴いた。


「ヤギの削蹄ならば、経験者がいるかもしれませんね」

「ドウグも、ムラにモドレばアルかも」

「いや、削蹄なら、俺も出来るし、ナイフ一本あればできるよ」

「めえ?」

「本当だよ。勇者パーティーは馬で移動することは多かったし」

「めえ~」


 ヤギが尊敬した様子で俺を見た。

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