214 ヤギの到来 その2

 燕麦をヒッポリアスの鞍から魔法の鞄に移し終えると、再びヒッポリアスに鞍を装着する。


「きつかったり痛かったり、違和感を覚えたらすぐにいうこと」

『わかった!』


 俺はヒッポリアスに何度も言い聞かせる。

 ヒッポリアスは心優しくて、我慢強いので、少し痛いぐらいでは我慢してしまうかもしれないからだ。


「じゃあ、ヤギに会いに行くとして……」

「べむ?」


 陸ザメたちをどうするかが問題だ。

 ここに放置するのは少し不安である。

 この辺りにはヒッポリアスの匂いがするし、肉食の魔物は近づいてこないとは思うが不安は残る。

 陸ザメたちはこの前、魔熊モドキ、つまり悪魔に襲われたばかりなのだ。

 何かの拍子に、驚いて一斉に逃げて、怪我したり迷子になったら困る。


「陸ザメたちも一緒に行くか?」

「べむ!」「べむべむう!」


 大喜びで陸ザメたちは集まって来た。


「きゅお?」

 それを見てヒッポリアスが期待のこもった目で俺を見る。

 

「そうだな。ヒッポリアス。折角だし、鞍に乗ってもらうか」

「きゅうぉ~」

「べむっ! べむっ!」


 ヒッポリアスも陸ザメも大喜びだ。

 俺は学者二人と協力して、陸ザメたちを鞍の上に乗せたのだった。

 乗せ忘れがないよう、数を数えて確かめる。


「いきなり帰りに乗せるより、短い道のりを乗せて歩く方がいいからな」

 不具合が見つかったら調整も可能だ。


「ヒッポリアス、ゆっくり歩いてくれ」

「きゅお!」

「陸ザメたち、どうだ」

「べむ!」「べむむ!」「べむっ!」

 どうやら、陸ザメたちも快適なようだ。

 視線が高いことが楽しいらしい。しきりに尻尾を振って喜んでいた。


 ヒッポリアスと一緒に百メトルほどあるいて、冒険者たちが収穫している場所まで移動する。

 目的地に到着する前から、ヤギの姿は見えはじめた。

 収穫された部分の真ん中で座っている。

 特徴は長い毛だ。

 まるで丸一年毛刈りをされなかった羊のように毛が長い。


「立派なヤギだな」

「立派ですね。実家にいた馬ぐらいありますよ」

 その気候学者の言葉に、地質学者が反応した。


「お前、実家に馬がいたのか? 農耕馬か?」

「いえ、乗馬用の馬です。父は一応貴族だったので」

「……いいとこの坊ちゃんだったんだな」

「貴族といっても下級ですし、私は三男なので……」

「それでも育ちがいいのは変わりないさ」


 そういっている地質学者も育ちはいいと俺は思う。

 口調こそ、俺たち冒険者に近いが、所作はヴィクトルに近いからだ。


「学者先生は大体育ちいいものだろう?」

 俺は、育ちよさそうなケリーも思い浮かべてそう尋ねた。


「まあ、学問には金がかかるからな」

「そりゃそうだ。俺の育った村なら文字を書けたら上等だったよ」


 俺の育った村では「子供は仕事を手伝え」とみな考えていた。

 そもそも、学問するという概念が、村人の中に存在しないのだ。


「親父は平民だったけどな」

「豪商とか、村長とか?」

「いや、網元」

「漁村出身だったのか」


 網元とは漁師たちの元締めのような存在だ。


「網元の五男だ。親父の跡は兄貴が継ぐし、それに俺は頭が良かったから、学校に行かせてもらえた」

「なるほどなぁ」

 冒険者とは異なる学者たちの昔のことを聞くのも面白いかもしれない。

 そんなことを思った。


 俺は談笑しながら、ヤギに近づいていく。

 身構えずに、悠然と構えるのが大事なのだ。

 緊張などしてはいけない。


 徒歩で二十歩の位置まで近づいたとき、俺はヒッポリアスに小さな声で呼びかける。

「ヒッポリアス、ここで止まって」

『わかった!』

「ヒッポリアスは大きいから、ヤギを怯えさせるかもしれないからね」

『うん!』

「俺がいいっていうまで、これ以上近づいたらだめだよ」

『わかった!』

「念のため、ヒッポリアス以外もついてこないでくれ」

 俺は地質学者と気候学者にそう伝えた。


「わかったよ、気をつけてな」

「お気をつけて」


 そして、俺は近くにいた冒険者たちに声をかける。

「すまないが、陸ザメたちを降ろしてやってくれ」

「わかった、任せろ」

 冒険者たちがテキパキ動き出す。


 陸ザメたちは、冒険者たちに抱っこされて地面に降ろされていく。

「べむべむ!」

 降ろされるとき陸ザメたちは嬉しそうに両手をぶんぶんと振っていた。

 冒険者たちに抱っこされるのがうれしいのだろう。


「イジェ、陸ザメたちを頼む」

「ワカッタ!」

 イジェは冒険者たちに陸ザメを大鎌で巻き込まないよう気を付けるように告げる。

 そして、俺も陸ザメたちにも大鎌で作業している冒険者に近づかないように言い聞かせた。


「陸ザメたち、あの大鎌を振るっている冒険者には近づいたらだめだよ」

「「「べむぅ~?」」」

 陸ザメたちは、「なんで?」と一斉に首を傾げた。


「大鎌で草を刈るときに、巻き込まれた痛いからね」

 実際に大鎌を振るって作業をしている冒険者を指さして言う。


「「「べむ!」」」

 陸ザメたちは、賢いので理解してくれたようだ。

 

「リクザメたち、コッチにオイデ」

「べむべむ」「べむう」


 イジェが引率して、大鎌を振るう冒険者たちから少し離れた場所へと連れていった。

 ここに来た直後と違って、だいぶ収穫が進んでいる。

 冒険者たちは横一列になって、大鎌を振るい、畑の奥へと燕麦を収穫しつつ進んでいた。

 その方向とは垂直方向に、陸ザメたちが収穫していけば、危険は少なそうだ。


「べむべむ!」「べぇむぅ!」

 陸ザメたちは元気に食事と収穫を再開した。

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