212 陸ザメたちと足跡
俺たちは陸ザメたちが指さしたニ十か所を確認した。
足跡を確認できる場所はなかった。
「ちなみに、向こうで見つかった足跡はどんな感じなんだ?」
「ああ、そうだな。それを先に言っておくべきだったかもな」
そういって、地質学者は紙に書かれた足跡の絵を見せてくれた。
「……ヤギっぽいな」
ヤギとは限らないが、二本の蹄の痕なのは間違いない。
鹿や羊でも似た感じの蹄の痕になるだろう。
「そうなんだ。だから、陸ザメたちが見たというのは本当なのだろう」
「あの、ボアボアたちの足跡とはどう違うのですか?」
気候学者の疑問はもっともだ。
「確かに似ているよな。いい質問だ」
「ありがとうございます」
「決定的な違いは副蹄の有無だ」
「……副蹄ですか?」
「ああ、ボアボアの足跡には二本の蹄の後ろにもう一つ痕が残る。ちなみに猪の足跡もそうなっている」
「なるほど。猪と違って、ヤギには副蹄がないということですね」
「いや、ヤギにも副蹄はある」
「え?」
「だが、猪と違って、ヤギは地面を歩いているときに副蹄は使わないからな」
ヤギの足跡に副蹄の痕跡が残ることは珍しい。
「べむう」
「ああ、ありがとう」
収穫作業を再開した陸ザメが燕麦を持って来てくれたので受け取った。
そして、魔法の鞄に燕麦を入れると、陸ザメ頭を撫でる。
「もぎゅもぎゅ」
満足そうに座ってもぐもぐする陸ザメを見て、地質学者と気候学者は頬を緩めた。
「べむむべむ!」
そのとき、俺は服の端をベムベムに引っ張られた。
「どうした? ベムベム」
「べえむ」
「足跡をまた見つけたのか。ありがとうすぐ見に行こう」
「べむ~」
俺と二人の学者はベムベムの後ろをついてく。
これまで陸ザメたちが足跡があると教えてくれた場所は、全て収穫済みのところだった。
それは当然だ。
陸ザメたちは収穫する途中で、足跡を見つけたのだから。
だが、ベムベムが新しく見つけた場所は未収穫の場所らしい。
どうやら、収穫作業を中断して、足跡を探してくれたようだ。
「ベムベムありがたいが、勝手にみんなから離れたらだめだよ」
「べむ~」
「ん、気づかなかった俺も悪いのだけど。でもありがとう」
「べむ!」
ベムベムに限らず、陸ザメたちは叱るとへこみやすいのだ。
だから叱らないように優しく言う。
「ベムベム、何かやるときは言ってくれたら、ついていくからな」
「べむ!」
ベムべムはわかってくれたようだ。
「べ~むぅ~」
燕麦の畑をベムベムはご機嫌に歩いていく。
まだ子供の陸ザメであるベムベムは、他の陸ザメよりさらに小さい。
油断したら、見失ってしまいそうになる。
「凄い密度で生えていますね」
「野生ならでは、なのかもしれんな」
気候学者と地質学者が、そんなことを話ながらついて来る。
人は適度に間引くものだ。だからこれほど密集はしない。
その方が、最終的な収穫量が上がるからだ。
燕麦の中をしばらく歩いたベムベムは足を止めて地面を指さす。
「べむ!」
「ありがとう」
ベムベムが指さした場所には確かに足跡があった。
「絵の通りだな」
地質学者が見せてくれた絵の通り、二つの蹄の跡がついている。
「やっぱりヤギか?」
「……俺には形はヤギに見えるな。まあ、俺には羊とヤギの区別はつかないけどな」
「つまり、形以外はヤギ、もしくは羊ではないと?」
「ああ、大きさを見てくれ」
「大きいのか?」
「大きいな。普通のヤギの蹄はこのぐらいだ」
俺は、一般的な旧大陸のヤギの蹄の大きさを手で示す。
「一回り、いや二回りぐらい大きいということですか?」
気候学者が驚いている。
「もちろん、品種にもよる。だが、旧大陸のヤギよりは大きそうだ」
「ヤギなら人懐こいんじゃないか?」
「新大陸のヤギがどういう性格かはわからないけどな」
「そりゃそうだ」
大きなヤギらしき種族が燕麦の畑の中に入っていたのは間違いないらしい。
となると、大きな疑問点が浮かび上がる。
「なぜ、燕麦は無事なんだ?」
「ん? どういうことだ?」
「ヤギは食欲旺盛なんだよ。なのに、燕麦に手を付けている気配がない」
「ふむ。燕麦が嫌いなんじゃないか?」
「可能性はあるが……、その場合、そもそも燕麦の畑に来ないんじゃないか?」
「……たしかに」
燕麦畑の謎は深まった。
なぜ、これほど密集しているのに、実がしっかりついているのか。
なぜ、獣たちに食いつくされていないのか。
ヤギらしき生き物は、なぜ、燕麦に手を付けていないのか。
「ケリーさんに調査してもらうしかありませんね」
「そうだな。そうするしかない。俺たちの専門外だ」
そういって、気候学者と地質学者はうなずき合った。
俺は足跡の横で首をかしげているベムベムの頭を撫でる。
「ベムベムありがとう。ベムベムが足跡見つけてくれたおかげで、色々分かったよ」
「べむう!」
ベムベムは嬉しそうに、尻尾と両手をぶんぶんと振った。
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