200 魔力の使い方

 話を聞いていたシロが、姿勢を正すかのように前足をきちんと揃えてお座りする。

「どうした、シロ」

「しろ?」

 不思議に思ったフィオが首をかしげた。


「わふ」

 いつにもまして、シロの気合が入っている。

 俺のことをじっと見た。真剣な表情だ。


「わふ、わふぅ」

 どうやら、シロは魔力の使い方を教えて欲しいらしい。


「俺に教えて欲しいのか」

「わふ」

「だがなぁ……、だが俺は雑用係だからな」


 俺も当然のように魔力を扱っている。

 だが、俺が得意とするのは主に鑑定や製作における魔力だ。

 シロに必要な身体強化における魔力操作は専門外だ。


「ケリーはシロに魔力の扱い方を教えられないか?」

 魔獣に詳しいケリーなら、魔獣の魔力利用にも詳しいかと思ったのだ。


「いや、それは無理だ。私は自分の魔力も満足に扱えないのだからね」

「それもそうか」

 ケリーは冒険者ではないのだ。


 話を聞いていたベテラン冒険者の一人が言った。

「テオさんの身体強化も大したものだと俺は思うがね」

「そうですよ!」

 若手の冒険者も同意している。


「そう言ってもらえるのはうれしいが、俺は専門家ではないからな……」


 少し考えて、俺はヴィクトルが最適ではないかと思った。

 ヴィクトルは「竜殺し」の称号を持ち、血風の二つ名を持つ凄腕だ。

「竜殺し」の称号の通り、ヴィクトルは竜を倒したことがある。

 それも武器と己の肉体だけでだ。

 身体強化の巧みさは、凄まじい域に達している。

 加えて開拓団の中で最も経験豊富な戦士職だ。

 考えれば考えるほど、ヴィクトルが適任だという結論になる。


「ヴィク――」

「わかった。シロにはぼくが魔力の使い方のコツを教えるね」

 俺の言葉を遮る形で、ジゼラが名乗りを上げた。


「え?」

「それはちょっと」


 冒険者たちが戸惑いの声を上げる。

 皆、ジゼラに教えるのは無理だろうと考えているのだ。

 俺もそう思う。


「わふ……」

 シロ自身「ジゼラはちょっと」と言っていた。


「意外に思われるけど、ぼくは身体強化が得意なんだよ」


 ジゼラはどや顔をしているが、誰も意外には思っていない。

 ジゼラが身体強化の魔力操作が誰よりもうまいことは皆知っている。

 なんといっても、人の爪で水晶に容易く傷をつけるほどなのだ。


「いやぁ」

「ジゼラさんには無理じゃないか?」

 冒険者たちは口々にジゼラを止めている。


「私もやめといたほうがいいと思うね」

 ケリーも冒険者たちに同意した。


「え? 皆、ぼくが得意だってこと信用してないの?」

 そういって、ジゼラは水晶を持ち上げる。

 身体強化が得意だと証明するために、水晶に何かする気に違いない。

 傷をつけるだけなら、まだいいが放っておいたら無理やり握りつぶしかねない。


 俺は水晶を握るジゼラの右手をそっと抑える。


「ジゼラが身体強化がうまいことは知っているよ」

「でしょ? だから、ぼくがシロ師匠になるのがいいと思うんだ」

「わふ」

 シロは不安そうにしていた。


「ジゼラの力量は疑ってはいないが……」

「でしょ? でしょ?」

「ぁぅ」

「……だが、ジゼラは教えるのが苦手なんじゃないか?」

「そんなことないと思うけどね!」


 ジゼラは少し怒った様子で、そんなことを言う。

 ジゼラは怒っても、すぐに機嫌を直すから心配はしない。


「ジゼラは感覚派だからな。加えて天才だから初心者に教えるには向かないよ」

「ふむう」

 ジゼラは納得していない様子だ。

 本人としては教えるのもうまいと思っているのかもしれない。


 そのとき、隅っこの方で大人しくしていたアーリャが手を上げた。

「じゃあ、私が教える」

「わふ?」

 アーリャが名乗りをあげてくれた。


「私じゃ不安?」

「わふわふ」

「しろはふあんじゃないて、いてる」

「よかった」


 フィオが通訳して、シロの言葉をアーリャに伝えている。


「でも、アーリャは魔導師だから魔力の扱いはうまいけど……身体強化は……ぼくより下手では?」

 ジゼラが言葉を選びながら懸念を表明する。

 戦士の方が身体強化は得意なのは事実だ。


「ジゼラより下手というのは問題じゃないだろ」

「そうかな? テオさん、それはどういう意味で?」

「ジゼラより身体強化がうまい人族なんて世界を探してもそうはいないからな」

「……そうかな? えへえへ」

 ジゼラは照れている。機嫌を直したようでよかった。


「私も一応身体強化は使えるけど、ジゼラの言う通り苦手。だからジゼラ手伝って」

「ん? 手伝ってほしいの?」

「うん。ジゼラは天才だから。私も勉強になる」

「そっかー、そういうことなら仕方ないね!」

 ジゼラは嬉しそうに胸を張っている。


 俺はシロにも聞いてみる。

「シロはそれでいい?」

「わふう!」

 シロには不満はないようだった。

 尻尾を元気に振りながら、アーリャのもとに駆け寄って、体を押し付けた。


「しろ、ありがとう、いてる!」

「そっか」


 アーリャは微笑んで、シロの頭を優しく撫でた。

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