201 テオは何をすべきか考える。

 アーリャが笑顔でシロに言う。


「じゃあ、早速外に行こう」

「わふわふ!」

「ふぃおもいく!」

「うん。お願い。私はシロの言葉がわからないから。通訳をお願いね」

「ふぃおにまかせて!」


 アーリャとジゼラ、シロとフィオが移動を開始すると、机の上にいた子魔狼たちがはしゃぎだす。


『いく! いく!』「ぁぅ」『いっしょ』

 子魔狼たちは遊びに行くと思っているようだ。


「クロ、ロロ、ルル。シロたちは別に遊びに行くわけじゃないんだよ?」

『いく!』「ゎぅ」『いっしょ』


 子魔狼たちの意志は固い。

 俺の前までやってきて、俺の腕に体ごと乗ったり、前足を乗せたりし始めた。

 子魔狼たちが行くならば、俺も保護者として行くべきだろう。


「……そうだな」

 俺はすべき仕事を頭の中で整理する。


「今日、急ぎでやらないといけない仕事はなかったかな?」


 まず思いつくのは甜菜の砂糖への加工作業だ。

 だが、それは早くとも昼からだと、イジェが言っていた。


「イジェ。服を配るのはいつやるんだ?」

「ンー。イソイではナイよ」

「そうか」

「ソレにクバるだけなら、ワタシだけでもデキルし、テオさんにタノミタイのは、サイズナオシだから」

「なるほど。俺の出番はもう少し後か」

「ソウ。……アッ、デモ」


 どうやらイジェは急ぐべき仕事があるようだった。


「何か仕事があるのか?」

「ソロソロ、ムギをシュウカクシタイ」

「麦? 前に小麦を収穫しただろう?」


 イジェの村の畑では野菜類が栽培されていた。

 その中には小麦もあったのだ。

 悪魔モドキに村人が殺されてしまったせいで、畑は荒れていたが、無事だった分は収穫済みである。


「イジェの村の畑で無事だった分は、全部収穫したと思うが……」

「コムギじゃなくて、ヤセイのエンバク」

「ほう。野生の燕麦とな? 旧大陸のカラスムギに似た品種かな?」


 ケリーが食いついた。

 旧大陸ではカラスムギは野生種だった。

 その野生種のカラスムギを、栽培種に改良したものが燕麦だ。


「燕麦か」

「うん。俺は嫌いではないけどね」


 冒険者の反応は微妙なものだ。

 旧大陸において、燕麦より小麦の方が人気がある。

 貴族や金持ちは燕麦などあまり食べない。

 俺たち庶民は燕麦も食べる。

 だが、燕麦は飼料にされることも多い品種だ。

 お金に困ったときに食べるものというイメージがあるのだろう。


「ムラでシュウカクした、コムギとマゼてもイイし、バターがアレばパンもツクレる」

「パン? パンはいいな」

「ああ、いいな。バターをどうするかが問題だが」


 パンと聞いて、冒険者たちの目が輝いた。


「野生の牛はいないのか?」

「ヤセイのウシもイル」

「いるのか? 牧畜の準備をすべきか?」

「これから冬だぞ。飼料の余裕がないだろう」


 冒険者たちが牧畜に思いをはせていると、

「トウメンは、ボアボアにチチをワケテモラえば、イイとオモウ」

 イジェの言葉で、冒険者たちは固まった。

 旧大陸には、猪の乳を食用にする習慣はない。


 そこまで考えて俺は思い出した。

「あ、ボアボアはキマイラだったな」

 キマイラの乳を食用にする習慣もないのだが。

 イジェが利用できるというのならば、利用できるのだろう。


「……だが、ボアボアって、母乳が出るのか?」

「ボエボエがイルし」

「ボエボエは普通にご飯を食べていたが……」


 ボエボエが母乳を飲んでいるところを見たことはない。

 乳離れしているように俺には見えた。


「ボアボアは怪我してたからね。ボエボエも遠慮したんじゃないか?」


 ケリーがそんなことを言う。


「どちらにしろ、乳離れは近いだろうけど、可能性はあると思うよ」

「そうか、なら頼んでみるだけ頼んでみるか」


 とりあえず、今日やるべきことは燕麦の収穫だ。

 それと、ボアボアの都合が合えば、乳しぼりである。

 ボアボアも怪我が治ったばかりだから、少し遠慮すべきかもしれない。

 すべてはボアボアの体調と都合次第である。


「パンを作るならば、パン焼き用の窯も作ったほうがいいかな」

「ウン、スグジャナクてもイイけど」

「ああ、任せておけ」


 俺の仕事ができてしまった。


「クロ、ロロ、ルル、すまないが……」

「きゃふきゃふ」「ぁぅ」「ぴぃー」


 保護者のいない子魔狼たちをアーリャとシロの訓練に同行させるわけにはいかない。

 いつも保護者をしてくれるフィオにも重要な仕事があるのだ。


「クロとロロとルルは俺と一緒に燕麦の収穫にいこうか」

「「「ぴぃ~」」」

 子魔狼たちもあきらめたようだ。残念そうに鼻を鳴らす。


 そんな子魔狼たちをみて、ケリーがいう

「テオさん。身体強化はいずれ子魔狼たちも学ばなければならないことじゃないかな」

「そりゃ、そうだが……」

「シロの練習を子魔狼たちも見た方がいいよ。私が面倒を見るから一緒に連れて行っていいかな」

「お願いしていいか?」

「もちろんだよ。どちらにしろ私はシロの練習を見たいと思っていたからね」


 ケリーは優しく微笑むと、子魔狼たちに手を差し出す。

『いく!』「ゎぅ」『いっしょ!』

 子魔狼たちは嬉しそうに、ケリーの手に甘えにいった。

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